スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013年9月7日、ゲキハロ第13回公演『我らジャンヌ~少女聖戦歌劇~』 #2

前の記事を書いているうちに、もう1つの「REVERSE」バージョンをどうしても見たくなり、9月7日土曜日の11:30からの回を見に行った。「REVERSE」バージョンはこれが初めての公演。この記事では若干のネタバレが入ってくるので注意されたい。

製作陣の思う壺ではあるが、両バージョンを見ておいてよかったと思う。依然としてお勧めはしないけれども、迷っている人は、どちらかを見るなら「REVERSE」バージョンを見るのがいい。両方見るなら「TRUTH」->「REVERSE」の順で。


● 総合的なMVPは福田花音。この人はもともと子役臭が抜けていないという先入観があったのだが、「REVERSE」のオルガ役では1つ1つのセリフと歌詞をていねいにコントロールしていて心地よかった。「名脇役」のポジションに収まってしまっているという感じをつまらないと感じる人もいるだろう。前記事にも書いたように、スマイレージ内でのポジションと同じく、和田彩花というスターを支えるバイプレイヤーの役割に封じ込められているという感がなきにしもあらず。

ファンとしては、主役として活動できる場をスマイレージの外に見つけてほしいと願うわけだが…


● 和田彩花のジジが良かった。菅谷梨沙子のバージョンよりも、主人公のストーリー・アークに説得力があったと思う。特に、自らの使命に目覚めて決意した後のセリフ回しと歌の変容が期待以上に上手く行っていた。

不満を感じたのは、そのように変化する前の弱々しい歌声が不安定で、いわゆる「お腹で支えていない」状態だったこと。これは菅谷梨沙子も同じだったので、そのように歌えという指示があったのかもしれない。もう1つ、身のこなしがどちらの役でも幽霊っぽいこと。この点でも菅谷梨沙子が同じ問題を抱えていたので、演技指導の結果なのかもしれない。


● 田村芽実のマリオンは、「TRUTH」での夏焼雅が回避していた地雷をことごとく踏んでしまった、という感じだった。出来の悪い台本のオーバーアクティングのせいで、こども向けの戦隊ヒーローものの悪者みたいになっていた。これは夏焼雅に年の功があったということなのだろうか。


● その夏焼雅のコンスタンスは田村芽実バージョンほどのインパクトはなかったものの、大人の色気があってこれはこれで良かった。この人が主演する女海賊ものとかあってもいいかも、と思ってしまう。色気部門で優勝(この人しかエントリーしていなかったような気もするが)。


● 中西香菜の「TRUTH」での良さは、出番が少なくて比較的簡単な場面だったせいのようだ。「REVERSE」のヴァイオレットは須藤茉麻の大きく振り切ったコメディエンヌ路線の方がたぶん正解なのだろう。ただそれを考慮にいれても、中西香菜の抑え気味な(というか地味な)あり方には好感が持てた。ところでこのヴァイオレットは名前からしてイングランド人という設定なのだろうけれども主人公たちの仲間なので見ていて混乱した。


強い印象があったのはこんなところだろうか。ネガティブなことは書いてもしかたがないので書かないことにした。ジャンヌ・ダルクに関してのメモ的な記事を1つ書くかもしれない。

たぶんこれで今回の観劇はおしまい。

この日は公演終了後にトーク・ショウがあったようだが、私は15:00から川崎で行われる相田翔子のイベントを見るために、カーテン・コールの途中で会場を後にした。

2013年9月6日、ゲキハロ第13回公演『我らジャンヌ~少女聖戦歌劇~』

2013年9月6日、Berryz工房とスマイレージの出演するゲキハロ第13回公演『我らジャンヌ~少女聖戦歌劇~』を見に池袋サンシャイン劇場に行ってきた。ハロプロ絡みの舞台物は基本的に避けてきたのだが、最近ハロコンでしか見ていないBerryz工房とスマイレージのメンバーたちを見たくなって、当日券目当てで予備知識ゼロのまま劇場に向かった。これが初日。この記事ではなるべくネタバレを避けることにする。

この日は同じ19:00からアップアップガールス(仮)が噴水広場でリリース・イベントをやっていた。その30分前ぐらいに噴水広場の裏手あたりで、たぶんリハーサルを終えてステージから控え室に戻ろうとしているところのメンバーたちとすれ違った。全体的な身体の小ささに驚いた。最初視野に入ったときは、小学生ぐらいのファンたちがコスプレをして歩いているのかな、と思ったぐらいで。


『我らジャンヌ~少女聖戦歌劇~』は、脚本・音楽・演出全般が真面目に語るべき水準に達しておらず、普通の人に勧められるようなものではなかった。これは覚悟していたので文句を言うつもりはない。以下、良かった点のみ。


● この作品には、「劇中に登場する親友やライバルなど、対の立場となるふたつの配役を二人一組の役者が交互に演じる」という趣向があり、私がこの日見たのは「TRUTH」バージョンというもの。Berryz工房の方に見せ場が多いバージョンだったようだ。


● スター性を感じたのは主演格の和田彩花だった。静かな物腰が神秘的な役柄にぴったりとはまっていて、「立っているだけで十分なスター」だと感じた。そのようなカリスマ性を感じさせたのがこの人だけだったのは、脚本の問題でもあったかもしれない。派手な台詞も動きもないから助かった、という。あと儚げな歌声も役に合っていて良かった。


● いまさらではあるが、熊井友理奈が体格に恵まれていて見栄えが良かった。衣装も髪型も似合っていた。


● 夏焼雅が定型的な「激しい感情」の演技を上手くやってのけていた。決して良く書かれた台本ではないのに、抑え気味にしているというわけでもなく、素直に突進して違和感がなかった。この人にこんな面があるとは知らなかったので驚いた。


● 田村芽実はミュージカル経験者だけあって超安定。歌とセリフ回しにちょっと臭みがあるかな、とは思うけれども、ただ一人プロ級だったことは間違いない。主人公を救出するために階段を登りながら殺陣っぽいことをやるところの身のこなしが素晴らしかった。この人の強みはここにあるかな。


● ミュージカル・ナンバーとして私が最も気に入ったのは、中西香菜の唯一の見せ場の、酒場での「飲めや歌えや」のシーン。地味で短い、ストーリー上はたいして意味のない場面ではあるが、中西香菜がなぜか歌もダンスもちゃんとしている。単に短くて難しくないシーンだったからこれほど好印象だった、ということなのか、よくわからない。これ以外の場面での芝居もいい。今回の最大の謎は中西香菜ということになった。


● 福田花音の安定ぶりと脇役っぽさは、スマイレージにおける彼女のポジションと重なって複雑な気持ちになった。



キャスト入れ替わりで2バージョンがあるという趣向は、リピーターを増やすための小癪な手段だけれども、食指が動くことは否定できない。特に興味があるのは、最大の謎となった中西香菜が須藤茉麻の役柄でどうなるのか、雑魚キャラっぽい福田花音が熊井友理奈の役柄でスケールが拡がるのかどうか、そして菅谷梨沙子が演じていたジジというキャラクターに和田彩花が命を吹き込めるのかどうか。

ここまでで名前の挙がらなかった人のうち、嗣永桃子は狂言廻しで特に言うべきことなし。徳永千奈美、清水佐紀、勝田里奈、竹内朱莉は単純に見せ場がなくて損をしていた。製作の裏事情を知らないので、この人たちにこういう役割が与えられたのが必然だったのか偶然だったのかはわからない。

2013年9月1日、風男塾「風男塾乱舞TOUR2013」 @ 渋谷公会堂

2013年9月1日、風男塾のコンサート・ツアー「風男塾乱舞TOUR2013」の最終日公演を渋谷公会堂に見に行ってきた。風男塾のライブを見るのはこれが初めて。私は当日券で入って2階の最後列近くに座った。周囲に空席はけっこうあったものの、ほぼ満席と言っていい。

私がアイドルに興味を持ち始めた2009年の時点で「中野腐女子シスターズ」はすでに古株のグループで、ときには「スザンヌがかつて所属していたグループ」みたいに言われることもあった。それが「風男塾」に本格的にシフトし、ステージ・パフォーマンスのレベルを大幅に上げ、2回目の全国ツアーの最終日で渋谷公会堂をほぼ満員にしているわけで、この粘り腰はほんとうに凄いと思う。


最近の曲の作曲はプロデューサーの「はなわ」の手を離れていて、その部分は確実に聴きやすくなっている。昔からのファンがどう感じているかはわからないが、私としては昔の「歌は上手いけど楽曲面で注目に値しない」という印象がなくなった。それどころか、この日に衣装を初披露し、コンサート終了後にMVを初公開した新曲『男装レボリューション』(http://youtu.be/rFRPVpGs_wQ)は、曲もMVもとても良く、ビジュアル・イメージも含めて新しいステージに足を踏み出したという感がある。


これまで意識したことがなかったけれども、コンサートを見ていて、風男塾にはハロプロに似ている点があると感じた。真似をしているのか、ルーツがどこか別のところにあってともに影響を受けているのかわからないが、ショーパブとか温泉旅館の大宴会場っぽいダサさがある。似ている点の例:

● はなわの作る曲に独特のエグみがある。ただし上に書いたように作曲者が代わっている最近の曲は異物感が薄れている。

● お米を賛美する曲とか地球規模のことを心配する曲とか人生の応援歌がある。

● お祭り好きで、唐突に音頭をやる。

● 公演中に流れる映像作品が同じような方向に垢抜けていない(ハロプロよりはプロっぽい作りだが)。

● アンコール最後の曲のバラード→終演→手を振ってありがとう、の流れが、音楽のアレンジメントの仕方を含めてそっくりだった。これは業界定番のパターンなのかもしれない。


客層は「メンバーたちに憧れる少女たち」が核になっているようだが、話に聞いていたようにたしかに老若男女がいた。1階前方はカラー・スティックを感情込めてひたすら振るタイプで埋め尽くされていたものの、2階では義務づけられているわけではないのに大多数が着席したまま鑑賞する中で、あちこちに、立って振りコピする者やカラー・スティックを行儀よく振る者がいるという、いい意味でカオティックな状況だった。


歌声に艶があるメンバーが多い。もともと歌うこと自体は得意なグループではあったが、MVやライブ映像で受けた印象よりもずっと、声の力で場を持たせている場面が多いと感じた。ただし、歌声の不安定な喜屋武ちあき以外は声の質が似ていて区別しにくかった。


EDMっぽい曲とフォーメーション指向のダンスがあった。バックアップ・ダンサーを8人付けての(準)本格的なものもあったが、これはこの渋谷公会堂のみでの趣向だったようだ。このダンサーたちは何度もいろんな場面で出てきて大活躍。


日本相撲協会の応援ソング『RIKISHI-MAN』をやっている関係から、白鵬が途中で出てきて花束を渡した。


病気療養のため休養中の原田まりる(流原蓮次)がアンコールで登場し、最後の曲に参加した。これを含めてエモーショナルな千秋楽であったようだ。


私が最後に注意して見ていた頃は、まだ「男装」ではなく本物の男だという建前を貫いていたから、この設定をやめていたことには少々びっくりした。でもあの建前は面倒くさいし、『男装レボリューション』のMVの出来を見ても、いまの方針の方がずっと入りやすいと思う。


以上、私としてはチェックリストを埋めるぐらいのつもりで行ったコンサートが予想以上に楽しめた。このグループは非常にユニークな、安定したニーズのあるニッチを独占しているわけで、いまある他の多くのアイドル・グループよりも長生きしそうな気がする。


ちなみに、風男塾がまだ腐男塾だった頃に青明寺浦正(浦えりか)と流原蓮次(原田まりる)の2人が『今夜もうさちゃんピース』のゲストに来たことがあった(http://gree.jp/michishige_sayumi/blog/entry/588647286: 放送日は2011年7月24日)。そのときの道重さゆみが明らかに異性を意識した緊張のしかたをしていて、倒錯的な雰囲気になったことを覚えている。

これに加えて、今回のコンサートにハロプロのパラレル・ワールドみたいに感じられた面があったこともあり、ハロプロと風男塾のコラボレーションなんて面白いんじゃないかと思った。

ミュージカル好きの私としては、男と女の組み合わせでのパフォーマンスを見てみたいという気持ちがあるのだが、アイドルのあり方からしてそれが無理だとしても、風男塾だったら大丈夫に違いない。男役を風男塾がやる『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』なんて面白そうではないだろうか。いやあれは女が男役をやるからいいんだよ、と言われても、ちゃんと女だし。

20130901-shibuyakokaido.jpg

2013年8月30日、Juice=Juiceイベント @ 赤坂サカス

池袋でBiSを見た後、Juice=Juiceの「メジャーデビュー記念Freshミニライブ・握手会」を見るために赤坂サカスに向かった。公式サイトにあった記述とは異なり、私が会場に到着した18:00頃にはすでに優先エリアに客がいっぱい入っていたので、CDは買わずに優先エリアを区切る柵のすぐ後ろに陣取った。

その結果、ステージに立ったメンバーたちの姿は胸から上ぐらいしか見えない状態になった。今回はダンスには苛々させられるかもしれない、と思っていたので、表情と歌に集中できる環境はかえって良かったような気もする。


Juice=Juiceはこの夏のハロコンで見てからかなり気になっていた。LoVendoRと同じく、ハロプロ的なロリ要素が少ないために、パフォーマンスとは関係ないところでアイドル的魅力を強く感じる。


宮本佳林は8月23日に全治6週間の「左立方骨骨折」であることが発表された。この日もマネージャーにおぶさって登場し、ステージ中央の椅子に座ってのパフォーマンスとなった。しかしこれのおかげで歌が安定するのならそれもいいんじゃないか、と思った(実際に普段よりも安定したのかどうかは知らないが)。

というのも、他のメンバーたちのダンスも見えなかったこともあり、いまのハロプロ・グループのノルムになっている「踊りながら歌う」という形式の不自由さ、ということをふと思ったのだ。まだダンスに慣れていないメンバーたちがいる新グループが、既存のグループと同じようなことをやっても仕方がないんじゃないか。とはいえ、長期的に考えると、古株のグループが解散・消滅したときにもこの路線を維持していくためには、新顔を定期的に供給していく必要もあるわけだ。このあたりを含めた長期的展望が見えてこない。

ここらへんでの安心感がないとなかなかファンになる覚悟が出てきにくいのは、自分がアイドル・ファンになってよくわかるようになってきた。


ライブでは持ち歌の4曲を歌った。BiSの後に聴いて、ハロプロ節にほっとしたのと、これじゃクール路線は無理だなと感じたのが半々。

客層と盛り上がり方に、昔のスマイレージのそれに似た感じの若さを感じた。

トークはモーニング娘。の前座のときと比べるとずっとエッグ臭が抜けて世間にも見せられる感じになっていた。が、そうなったときの話の進め方がまだ掴めてないようでもあった。

20130830-juicejuice.jpg

2013年8月30日、BiS @ サンシャインシティ iPop Monthly Festival

2013年8月30日、池袋サンシャインシティで行われた「iPop Monthly Festival」なるイベントの、BiSのライブを見に行った。BiSの名前はハロプロ以外のアイドルを積極的に漁っていた時期に目に入ってきていたが、PVやライブ映像を見てちょっと好みとは違うかなと思って手を出さないでいた。今回は赤坂で行われるJuice=Juiceのイベントの前に空いた時間を潰すていどの気持ちだったので、どんな曲をやっているのか、そもそもいま何人グループでやっているのかも知らないまま会場に向かった。

2日前のモーニング娘。のときと同じく開演15分前に着いたのだが、B1F優先エリアすぐ後ろ、端の方ではあったもののステージ全体が視野に入るいい場所を確保できた。

後から調べると、どうもBiSというグループはあまりいい意味でなく流動的で、6人いたうちの3人は3か月前に入ったばかりの新人だったりして、不安定な状態にあるようだ。しかし今回見たパフォーマンスは、特にやっていることの内容を考えると、噴水広場に集まった客の心をしっかりと掴むものだったと思う。

私が見たものに近い印象を与える映像はないものかとYouTubeで探した結果、これが一番いいか。6月リリースの新曲『DiE』。



同じ曲のミュージック・ビデオ(http://youtu.be/P91AD3y6GyM)と見比べると興味深い。

アングラ演劇とかゴシック・パンク・バンドとかに向かいうるエネルギーが、「アイドルがアイドル曲を歌う」というフォーマットの制約を受けて脱臭され、池袋サンシャインシティ噴水広場で見ても違和感のない明るい楽しいパフォーマンスになった、という感じだった。

ただ、ライブハウスの閉じた環境だったら私にはキツいかもしれない。非常階段とのコラボレーションとか戸川純の『好き好き大好き』のカバー(http://www.youtube.com/watch?v=rjVT-jsiPnw)とかになるとたぶん無理。


池袋サンシャインシティ噴水広場(やこれに類したイベント会場)は外部への開放性の試金石になりうるんだな、ということと、いまの自分がそうやって開かれたものを欲しているんだな、ということを思った。でもいざ見るとなったら、コンサート・ホールでのコンサートをじっくりと見たいのだから我ながらわがままではある。


ライブは40分ほどで終わり。この後、この会場ではまだ生で見たことがないベイビーレイズのライブがあったのだが、私はJuice=Juiceを見るために赤坂に向かった。

下の写真は優先エリアに人が入り終わった後。コアなファンばかりだったようで、余裕のあるスペースを存分に使って暴れ回っていた。それでもそんなに閉鎖性や排他性は感じなかったのが不思議だった。

20130830-bis.jpg

LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #2

「LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #1」の続き。


● オリジナル曲について。モーニング娘。の春ツアーで聴いた『この世に真実の愛が一つだけあるなら』は、つまらないJpopという感じで好みではなかった。中島卓偉の作品だという『思うがままを信じて』は平凡だが、田中れいなならなんとかしてくれそう。『愛の儀式』という曲はどんなものだったか思い出せず、ライブ動画も音源も見つからなかった。

『人生マニアック』という曲はなかなか良く、ライブ1曲目だったこともあり、ライブ全体の好印象に大きく貢献したように思う。こちらにライブ映像がある: http://youtu.be/uTL-WF4j8F0?t=27m28s

パフォーマンスの内容はともかく、曲として、興味を持てるそこそこの複雑さを持っていて、ヴォーカルにもギターにも面白い見せ場があるということはわかると思う。


● 最後のまとめとして、『イエノミ』の話に戻る。この番組は、以前アイドリングの遠藤舞がアシスタントをやっていたこともあって何度も見ているのだが、面白いと感じたのは今回のLoVendoRの出演回が初めて、というぐらいに異例の面白さだった。もっともこれほど馴染みのあるゲストは初めてなんだから当たり前といえば当たり前か。その面白さの原因は司会の西川貴教と田中れいなの衝突とすれ違いだった。

西川貴教は番組が始まる前から、「会社から言われるままにフォークのカバーをやるのではなく、アイドルを脱してロックをやれ」と言う算段をしていただろう。ヌーノ・ベッテンコート好きに焦点を当てたのは、そこに持っていくための前準備だった。しかし田中れいなはその説教に頷くどころか、大まかな話の枠組みに同意することすらしなかった。


で、私はこの回を見て、圧力に負けずに持論を貫く田中れいなの強さに改めて感銘を受けた。彼女がモーニング娘。での終盤をともに過ごした道重さゆみにも感じることで、外から押しつけられる権威に簡単に影響されない強さがある。これはともすれば「他人の意見を聞き入れない頑固さ」にもなって、それなりの弊害も引き起こしているだろうけれども、2人の魅力の源泉の1つだ。

彼女はいまは会長の好みに従順に従ってフォークのカバーをやっているわけだけれども、西川貴教にプロデュースをやってくれと(半ば冗談でも)お願いできることからわかるように、会長の価値観も権威も内面化しているわけではない。自分がアイドルとして歌を歌うというところさえ確保できていれば、どんな形態でどんなジャンルの曲をやってもいいのだから、周囲で動く大人たちの動きを見て、その場その場でうまく乗りこなしてやろう。

これが、彼女がブログに書き、会場でも観客に対して言った「今が楽しけりゃ それでいーと思うと」の背後にある世界観なのだと思う。


● この枠組みの中で、バンドの他のメンバーがどのような位置にいるのか、田中れいなを含めたバンド全体のダイナミクスがどうなっていくのか。「田中れいながソロでやってればいいんじゃないの?」という疑問は絶対に湧いてくると思うのだが、それにどう応えられるのか。私はこれまでLoVendoRに興味を持っていなかったのでぜんぜんわかっていないし、それが面白いアイドル・コンテンツになりうるのかどうかもまだわからない。が、今回の放送とライブで興味が湧いてきたので、しばらく追いかけてみようと思う。

私は日本のポップ/ロック・シーンに疎いので、LoVendoRが売れるのか、どのように受け止められるのか見当がつかないのだけれども、今回のようにロックに関する固定観念からの批判は絶対出てくると思う。軽やかに受け流して進んでいってほしい。今回の『イエノミ』での様子を見ると、この手の論はもういくどとなく聞かされていて、彼女側の理論武装はできあがっているという感じもするのだが。

LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #1

2013年8月16日、千葉の柏PALOOZAで行われたLoVendoRのライブを見に行ってきた。LoVendoRはモーニング娘。の春ツアーで見ただけで、このブログでは二度、ネガティブな形で触れており(#1#2)、特に初めて見たときの感想では「このグループのパフォーマンスは見に行かないだろう」とまで書いている。今回気が変わったのは、もっぱら前日に放送されたインターネット番組『西川貴教のイエノミ!!』のせいだ。出来レースっぽい流れではあったものの興味深い内容で、私のような位置にいる人間の足を千葉に向かわせたという点で仕掛けは見事に成功したと思う。

柏PALOOZAはキャパシティが公称450人のライブハウスで、この日はこれがちょっと余裕を持ちながらもいっぱいになるていどの客入り。メンバーから、いつもより人が多いという発言があった。私は当日券で入ったので、後ろの方での鑑賞となったが、フロアに段差があったこともあって非常に見やすかった。オール・スタンディングのライブにしては観客が異様に行儀良かったというのもある。

ライブはなかなか良かった。田中れいなの熱心なファンであれば、行かない理由がないぐらいの濃密な時間を体験できるはず。


● 印象の好転の60%ぐらいはドラムスとベースのサポート・メンバーに由来する。ドラマーは小林香織(サックス奏者の人は同名の別人) http://ameblo.jp/kao-kao-rhythm/)。「バンドマスター」で、このバンドのパフォーマンス面での指導者ということのようだ(http://ameblo.jp/kao-kao-rhythm/entry-11531113226.html)。ベーシストは今ツアーではこの日だけだったらしい清 http://ameblo.jp/kiyoshi-manii/)。この2人がとにかくお上手でかっこよい。

これまでアイドルをサポートする生バンドはいくつか見てきたけれども、今回の2人は東京女子流で見た土方隆行と松井寛に匹敵するぐらいに印象が強い。サポートとしてこのクラスの人たちを呼んでくるのであれば、2ボーカル2ギターの変則編成はぜんぜん悪くないのだと悟った。ただ、この2人のせいでメンバー2人のギターが余計にしょぼく聞こえたというのはあるから、オーバースペックと感じる人もいるかもしれない。


● 印象の好転の20%ぐらいが、途中でやった大喜利。普通にロックを聴きにいくつもりでライブに行って大喜利を見せられたら、腹を立てて帰るだろうと思う。その他にも、カラー・スティックを振る観客、それを「オイ、オイ」と煽るメンバーたち、歌いながらのアイドル的振り付け、アイドル的コール(いわゆる「PPPH」というやつ?など)、アンコールを求めるコール、最後に観客に向かってアイドル的に手を振るメンバーたちなどなど。

これらすべてを象徴・代表するのが、「セレブの集まるパーティーに行ったらみんなに注目された。さてなぜでしょう?」というお題の大喜利だった。これをまた田中れいなが面白くしようとして頑張っているのだ。その姿を見ていて、彼女がこれまでLoVendoRに関して行ってきた諸々の発言や、前日の『イエノミ!!』でのすれ違いをどう理解すればいいのかがすんなりわかった気がした。

田中れいなはモーニング娘。時代と同じことをやろうとしている。モーニング娘。のメンバーとして10年間やってきて、パフォーマンスとしてもビジネス面でも成功してきたことを、より小さいスケールではあるが、自分の役割が相対的に重くなっていて、よりコントロールも効く環境で続行しようとしている。それが自分の好きなことであり、自信のあることで、確実な成功体験もあるわけだから、いま大きな方向転換をする必要などどこにもないのである。


● 印象の好転の20%ぐらいが、田中れいな以外のメンバーたち。その人となりに興味が湧いてきた。

今回はっきり認識したのは、ギターの2人が「ロッカー枠」ではなく「アイドル枠」だ、ということだ。『イエノミ』での西川貴教は、特にヌーノ・ベッテンコートの名前が出てきたせいもあったろう、この点を勘違いしたせいで的外れな方向に向かうことになった(でもこれは出来レースだったかもしれないが)。

でまあ個人的好みで言わせて貰うと、ギターの2人、魚住有希と宮澤茉凛には、単純に年齢が高い(といってもみな田中れいなよりも若いわけだが)だけでなく、芸能界の外で育ってきた人としての魅力がある。ハロプロにはこういうのが決定的に欠如しているから、うまくアピールできればそれなりの需要が見込めるかもしれない。

岡田万里奈と田中れいなのツイン・ヴォーカルはうまく機能する可能性がある。今回特に印象に残ったのがモーニング娘。の『ファイン エモーション!』で、田中れいながこんな声の人と一緒に歌っているのを聴いたことがなかったからとても新鮮だった。


● 『イエノミ!!』での最大の焦点、そしてこれは私がモーニング娘。のコンサートで最初に見たときに思ったことでもあるが、なんで懐メロのカバーなのか。

この点については、今回ライブを見て少し納得した。Wikipeidaのエントリには「まずはフォークのカバーを中心にやることで、バンドの音を固めることにしている」とあるが、このバンドのギタリストたちはまだ本格的に複雑なモダンな楽曲をやれる段階にない。

で、ライブで実際に見ると、懐メロのカバーであることはそんなにディスアドバンテージにはなっていない。まずリズム隊が良いから、どんな曲もそれなりに聴けてしまうということが大きい。現代風にアレンジしているから、曲が古いという感じはそんなにしない。むしろ『ファインエモーション!』とか『好きすぎて バカみたい』などのハロプロ曲の方がレトロに聞こえる。

そしてこの話を聞いたときに誰もが最初に思うであろう問題点、「歌の世界観のミスマッチ」。これに関しては、音がうるさくて歌詞が聴き取れないし、ヴォーカリスト2人ともそれが問題となるような歌い上げ方をしないから大して問題になっていない。あとモーニング娘。の世界から来た人はもっと訳のわからないもの(地球とかお米とか)をくぐり抜けてきているから、少々のことでは動じないはずだ。


たぶんこの日やった曲の中で最も大きな問題となりうるのは、泉谷しげるの『国旗はためく下に』だと思う。この歌詞(http://www.uta-net.com/song/95495/)とこのパフォーマンス(http://youtu.be/w6c9pwvIAH4?t=48s)を見てどう思うか。

これの含まれている政治的主張自体、あるいはそのアナクロニズムが引っかかる人はもちろんいると思うけれども、私の場合は、前に『雨上がりの夜空に』について書いたように、「パフォーマンスに説得力が感じられない」ことから来る違和感がキツい。『雨上がりの夜空に』とは違って、こっちは4人全員に違和感がある。

しかしこれほど問題含みなのはこの曲だけだということからもわかるように、ことの本質は、カバーの対象がフォークであるということではない。『イエノミ』で示唆されたような「尖った」方向性に進んだ場合でも、まずいことになるリスクは十分にある。

テキストを分ける。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #3

JJLyrics-8.jpg


文化部だからって

ここの"Just because I'm in the culture club"を見て、Culture Clubのバンド名の意味についてこれまで考えたことがなかったことに気づいた。少し調べてみたが結局わからない。こんなページ http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_band_name_etymologiesを見ていたら、なんと"C"の項に"℃-ute"のエントリがあってびびった。

この歌詞の文脈で"the culture club"とあったら、これは「文化部」という名前のクラブ、つまり「文化についての研究・活動するクラブ」を指す。「文化部」という日本語の、「体育部」の反対概念としての「文化系クラブ」という指示内容とニュアンスからはたぶんズレが出てくる。

この歌詞のでは「文化部だから大人しい子という決めつけ」という文脈がちゃんとあるので、ここが"the culture club"であってもさほど問題は生じないだろう。意訳が許容されるならば、"book club"とでもすればグローバルに意味が通じやすくなる。世界のどこにも、「本の虫」"bookworm"はこの歌詞のとおり「大人しい」という固定観念があるだろうから。


JJLyrics-9.jpg



時代に蹴られるぞ

前にハロプロの歌詞における「世代」と「年代」の混同について書いたことがあった(http://michishigefan.blog130.fc2.com/blog-entry-94.html)が、ここでは翻訳者が「時代」と「世代」を混同している。

このケースで興味深いのは、英語バージョンの方が意味が取りやすいことだ。「時代に蹴られる」という日本語は、「時代遅れとみなされる」というていどのことをちょっとかっこつけて言ってみた、というものだろう。一方、"You'll get rejected by the generation"は、(文化部だから大人しい子と決めつけていたら、それは時代錯誤的な理解だから)「私たち若者世代からつまはじきにされるぞ」と言っている。こっちの方が変にかっこつけていない分気持ちいいし、意味内容としても具体的にわかりやすい。

JJLyrics-10.jpg



気づかない男子じゃきっと つとまらない

"Won't get to know me well with the boys who don't notice"という英語は文法的に理に叶っていない。"Boys who don't notice won't get to know me well"だったら、「気づかない男の子は、私とは親しくなれないでしょうね」というような意味になって、日本語となんとなく対応する。

「つとまる」という言葉を"get to know me well"にするべき積極的理由はあまりないが、いざそう訳されると「なるほど」と思ってしまったのも事実だ。自分に関しての"won't get to know me well"は、「そんな感受性の鈍い男の子とはおつきあいしないわ」ということを回りくどく言っているわけだけれども、その高飛車な意識が「つとまる」という日本語のニュアンスとなんとなく通じている感じがする。「あなたには私の相手はつとまらないわね」みたいな。

普通の直訳だったら、"Boys who don't notice couldn't handle me"とか"A boy who won't notice isn't a match for me"あたりになるだろうが、どちらも歌詞としてはつまらないな。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #2

抱きしめていいよ

抱きしめていいよ

そもそものタイトルにもある「抱きしめる」を"hug"と訳していいのだろうか、と悩んだのだが、たぶんこれでいいという結論になった。

ハグの習慣がない日本における「抱きしめる」という行為、特にこの歌の主人公の年代の少女にとっての「抱きしめる」は、ハグが日常的に行われる社会で使われていることの多い英語の"hug"とニュアンスも指示内容も違うはずである。たぶん日本語の「抱きしめていいよ」は英語の"You can hug me"よりも、主人公の女の子が期待/許容している「行為の範囲」が広い。

じゃあなぜこれでいいと思ったのかというと、インターネットで"hug"を含んだ言葉で検索していたら、http://wiki.answers.com/Q/How_do_you_tell_when_a_girl_wants_to_hug_you みたいな、「自然にうまくハグする方法」を解説するノウハウ記事が多数ヒットしたからだ。どの国の人も、とりわけこの歌詞の主人公のお年頃ならなおさら大変そうだ。このJuice=Juiceのメンバーたちが"Hug me"と歌うときの意味の重さは、ここの部分のダンスの力もあって、たぶん国境を越えて伝わるはずである。


私が言う前ならしていいのに


私が言う前ならしていいのに


タイトルの『私が言う前に抱きしめなきゃね』は"Hug me before I ask you to"と訳されており、ここの「私が言う前ならしていいのに」は"Why don't you do it before I say it"とされている。

「私が言う前ならしていいのに」はこれまたニュアンスのこもった言葉で、私にとってはこの歌の歌詞のハイライトだ。全体の流れとしては、男の子に積極的にアプローチしてもらいたい、自分もそこそこ積極的だけれども最後の最後は相手に踏み込んでもらいたいと思う女の子の気持ちを歌っているわけだけれども、「言う前なら」の「なら」によって、「私が言ってしまった後は、もうダメよ」という高飛車な態度への急変を予感をさせている。面白い趣向だ。

こういう文学的表現は無難な訳にしておくのが一番いい。


女の子の一つ 女の子の二つ


女の子の一つ 女の子の二つ

これも意味がわからない。英訳の"One thing about girls or two"を見て「なるほど、そういう意味だったのか!」と膝を叩いたのだが、それが正しいのか確信はない。これを見る前にこの部分をどう理解していたのかも思い出すことができない。「女の子の二つ」ってずばり「おっぱい」のことなのかな、などと思っていたかもしれないが、それなら「女の子の一つ」は何なのか、さすがにそこまで下品な歌詞にはしないよな、などと思ってそこで考えるのをやめたのかもしれない。あるいは「女の子の一人、二人ぐらいは…」という意味内容で「3P?」と思っていたのか。たぶん何も考えなかったのだろう。

本物の覚悟が今日も星となる


本物の覚悟が今日も星となる

このあたりで翻訳者の原作者に対する苛立ちがピークに達し、"Real resolutions will lead us forward today too"という投げやりな訳文ができあがったと思われる。英文を訳すと「本物の決意が今日も私たちを前進させる」で、主人公の女の子と相手の男の子が二人で一緒に「決意」したことによって「前に進む」、つまり性行為をする、ということなのだけれども、「今日も」を反映させるために"today too"を入れたことによって、これは初めてのセックスではなくなってしまった。

これでは毎週金曜日の夜に「覚悟して!」とか声を掛けながら抜け出して、二人して「決意」してセックスにこと及ぶことすでに5週目、みたいな間抜けな話になりかねない。でもこういうときに"Real resolution becomes a star again"みたいな直訳を平然と投げ出すのにはなかなか強い心が必要である。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #1

YouTubeの公式ビデオのチェックすら怠っていることがバレてしまうが、前の稿でJuice=Juiceの『私が言う前に抱きしめなきゃね』の映像を調べているときに、アップフロントがミュージック・ビデオに英語訳歌詞のサブタイトルを付けるようになったことを知った。日本語歌詞のテキストはたとえばこちら: http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND143681/index.html



英語を使うときには必ず1つは初歩的間違いを入れるように、という業務規定があるのではないかと勘繰りたくなるアップフロントにしてはクオリティが高い仕事だった。以下、この英語訳を見ての感想。突発的に長文になって、3部構成である。なお、これは論評を目的としての、著作権法上許されている歌詞の「引用」であることをあらかじめ強調しておく。


黒髪だからって 真面目な子とか

黒髪だからって 真面目な子とか


歌い出しのこの部分、「真面目な子」を"serious girl"としているのには違和感があった。実際、YouTubeでのユーザー・コメントを見ると誤解を生んでいるように見える。このように特に文脈なしに"a serious girl"と言われた場合に想像するのは、「日頃ずっと真面目くさった顔をしていて、ジョークも言わず、黙々と勉学・運動・課外活動などの目標に打ち込んでいる面白みのない優等生」である。反対概念は、あらゆることを気楽に捉えてジョークで返し("She doesn't take anything seriously!")、特に目標も立てずに日々お気楽に過ごしている女の子だ。

一方、この歌詞の「真面目な子」はもっと限定的に「男女関係に消極的な女の子」を指しており、反対概念は「尻軽」である。これがはっきりと性的なニュアンスを含んだ言葉であるということがわからないと、この次に来る歌詞だけでなく曲全体の意味が理解しにくくなりそうだ。

じゃあどんな言葉を使えばよいのだろうか? それが簡単に思いつくようなら作詞家になるべきなんであって、凡人としては違和感を指摘するので精一杯なのである。意味合いとしては"innocent"がとても近いが、この歌詞の語り手が主人公の女の子本人であることを思うと変である。意訳OKということなら、"naive"であれば、この女の子がいかにもいいそうなセリフになる("I'm not a naive girl!")。"shy"もいいが、この言葉は後で「大人しい」の訳語として使われている。

安心してたら 誰かに取られるぞ


安心してたら 誰かに取られるぞ

ここの"taken away from someone"の"from"は"by"の単純な間違い。

「安心」を"relieved"としたのは、上の"serious"と同じく、日英辞書を引いたときに最初に出てきた単語を深く考えずに使った、という感じで、「(何かが起こって心配事が解消されて)ほっとした」という意味だからこの文脈にはそぐわない。ここの「安心してたら」は「うかうかしていたら」とか、もっと具体的には「何も手を打たないでいたら」という意味で、たとえば"lazy"みたい言葉にするか、"Don't be so assured"のように切り口を変えるとかの方法が考えられる。が、歌詞としてとなるとやっぱり難しいな。


夢から来てくれない


夢から来てくれない

「時間は待っちゃない」、「夢から来てくれない」、「星空が今夜は眩しい」という並びでの「夢から来てくれない」。けっこうな時間を費やして考えたけれども意味がわからない。

日本語を外国語に訳す作業は、元の日本語の意味がわからないときが最もキツい。歌詞のような文学的表現なら仕方がないが、情報伝達が主目的のはずの文章にもわからない日本語はけっこう多いのだ。このケースでは訳者も原文の意味がわからなかったと思うが、同じレベルで意味不明な訳文をつけたのは正解である。支離滅裂なのは訳者の能力の限界のせいではない、とわかってもらえる信頼関係が読者との間に必要だが。
プロフィール

shigefan

Author:shigefan

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。