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モーニング娘。のシングル曲のダンスがいまいちな理由

更新頻度が落ちたせいで書きたいことが溜まり、1つの記事が長文化して書くのが億劫になるというサイクルにハマってしまっているので、ネタを小出しにしていこうと思っている。今回は「モーニング娘。のシングル曲のダンスがいまいちな理由」についての妄想である。

2011年3月に「モーニング娘。のコレオグラファー」という記事を書いたときと比べると、かなりの情報が表に出てきており、モーニング娘。のダンスがどのようにして作られているのかが想像しやすくなってきた。

ここで取り上げるのは、最近のシングル曲の振り付けを担当しているYOSHIKOの、2012年11月19日のブログ・エントリだ。

http://ameblo.jp/yoshiko-445-yoshiko/entry-11407931998.html


昨日は
2ヶ月振り?に、M娘。のライブ観ました
ってか、ゲネプロ以来だったか

んー。。すごい期待して観ちゃったから
もーちょと成長してるかな~と思ってたので。。んー。。


2012年秋ツアーの話なので、この時点での最新シングル『ワクテカ Take a chance』のことだと思われる。この曲はコンサートのアンコール1曲目で歌われていた。

このナンバーのライブ・パフォーマンスは実際にあまり出来がよくなかった。私もコンサートの感想では「きわめて興味深いのだが、問題含みでもある」(http://michishigefan.blog130.fc2.com/blog-entry-430.html)と言及しているだけで、要するに感銘を受けなかったのである。これのダンス・ショット・バージョンのMV(http://www.youtube.com/watch?v=BWkAVXm0wtE)がモーニング娘。史上トップクラスの出来だということを思うと、深刻な事態だ。



上で紹介したブログの内容は、「自分の作品なのに、なんでそんな他人事みたいなの?」と言いたくなるようなものだが、このように他人事になってしまう事情が想像できて興味深い。以下、あくまでも妄想なので注意していただきたいのだが…


メンバーたちの発言などから推測できる、モーニング娘。のシングルCDの製作スケジュールは非常に厳しいものだ。私が抱いているイメージはこんなもの:

● 「マネージャーさん」から歌詞が書かれた紙とつんくの仮歌が入ったCDを渡される。

● それについてのメンバー間での会話や情報交換はほとんどないまま、各メンバーはそれぞれ別のスケジュールでスタジオに入り、1時間ぐらいでレコーディングを済ませる。ここにつんくは立ち会わず、細かい指示はレコーディング・ディレクターが行う。

● トラックが完成されると、コレオグラファーがコレオグラフィーを作って「教則ビデオ」を作る。メンバーはこれを各自自宅で見て「自習」。その後、2~3日間ぐらいの短期間で実地指導が行われ、すぐにMV撮影が行われる。振り付けの指導の際には、メンバー1人に1人の「先生」がついて、マンツーマンの「レッスン」が行われる。この「先生」は担当のコレオグラファーが連れてくる「弟子」や「生徒」だろうと思われる。


これ以降、コンサート・ツアーのゲネプロぐらいの節目以外で、シングルCDのコレオグラファーがモーニング娘。に関わってくるという印象はない。『ピョコピョコ ウルトラ』のラッキィ池田などは、MV撮影以降に一度もメンバーたちと顔を合わせていなかったとしても驚きはない。テレビやイベントでのパフォーマンスには歌とダンスの専門家が同行せず、口を出してくる周りの大人は「マネージャーさん」である。


モーニング娘。のメンバーをプロ扱いしている、と言えば言えなくもないのだが、歌にしてもダンスにしてもクオリティがいまいち上がらない、上がるとしてもスピードが遅いのは、このようにクオリティ管理の仕組みができていないためなのだと私は想像している。

これはいまの「新生モーニング娘。」に特有の現象ではなく、私がモーニング娘。を見始めた2009年の頃からそうだった。当初、私はこの歯痒い状況をもっぱら高橋愛のせいだと思っていた。なんせリーダーだし、ダンスもいちばん上手だ。みんなで踊っているときに一人だけ「意味をわかって踊っている」ように見えて、なぜその意味を他のメンバーたちに教えてあげないのか、と苛立ちを覚えたことも一度ではない。このようなグループ・ダンスで一人だけ「上手く」踊るのは、とりわけリーダーというポジションだったら、決して誉められることではない。


その後、こうなる事情もなんとなくわかるようになってきた。モーニング娘。は「メンバーたちが1つの目的を目指して一致団結してパフォーマンスを磨いていく野心あふれるダンス・グループ」というようなものではないのだ。この手のダンスを踊るのは、たいていそんなグループだったので勘違いをしてしまった。これは各メンバーの注意が「指導者」に向いていて、指導者の寵愛を受けようと競争するライバルである「ダンス・カンパニー」に似ている。

たしかに昔から「モーニング娘。のメンバーはライバル同士である」というメッセージは発せられてきた。この仕組みは、テレビに出て目立つことが最重要で、ステージ・パフォーマンスは二の次だった「昔」のモーニング娘。には適していたのだろうけれども、ダンスの要求水準が本人たちのスキル・レベルを明らかに超えてしまったいまのモーニング娘。に果たして合っているのだろうか。というのが、この春ツアー冒頭のシングル曲4連発を見ていて思ったことだった。


当然のことだが、「ダンスの要求水準が本人たちのスキル・レベルを明らかに超えてしまった」というのは、メンバーたちの責任ではなく、コレオグラファーの責任である。継続的な指導やコレオグラフィーの微調整をできない環境にあるのなら、その環境でも大丈夫なコレオグラフィーを作るべきなのだ。それなのに、上で紹介したブログの文章は無責任に聞こえる。

こんな言葉が出てきてしまう背景には、コレオグラファーの待遇の悪さがあるのではないか、というのが私の想像だ。昔のモーニング娘。の振り付けを担当し、いまよりもずっと表に出てきていた夏まゆみは、その後、コレオグラファーの地位が低いことに対する文句をいろんな場所で発してきた。まあこの人はそういう文句を言いたがるタイプの人みたいだけれども、そもそもコレオグラファーがクレジットされないという事実一つをとってみても、その重要さに見合うだけの位置づけがされていないということは想像できる。細かいフォローを行うだけのお金も貰っていないし、そういうことをする権限とか雰囲気もないのだろう。


これに関連して興味深かったのが、ドリームモーニング娘。の活動時期に出てきた『LOVEマシーン』の振り付けの話だ。このときに矢口真里が、「『LOVEマシーン』の振り付けは時が経つにつれてキレがなくなっていった。夏まゆみが指導するドリームモーニング娘。のダンスこそが正しいダンスだ」という趣旨のことを言っていた。

これに対応して現役メンバーたちは、この手の「古い」楽曲の振り付けは先輩から後輩に教える伝統芸のようになっていて、それさえも不可能な場合には昔のDVDを見て真似をする、というような発言をよくしてきている。

このように、古い楽曲の振り付けには「オーファン」のような状況になってしまったものがあると思われる。『LOVEマシーン』のこの部分はこのように踊るのが「正しい」、判断するオーソリティがいないのだ。

似たことは新しいシングル曲でも起こっているだろう。シングル曲のコレオグラファーとの接触がないままツアーが進行しているときに、「ここはおかしい」という場所があったとしても、ツアー・コレオグラファーは権限外だから口を出さないだろう。メンバーたちの証言によると、コンサートの引き画面での映像がちょくちょく提供され、各メンバーがそれを自宅で見て「反省」をするていど。


他方、ツアー・コレオグラファーが担当するアルバム曲やB面曲については、微調整やフィードバックが行われている気配がある。全公演ではないかもしれないが、コレオグラファーは地方にも帯同しているようだし。

10期メンバーが初めて参加した2012年春ツアーで、バックアップ・ダンサーの佐藤優樹のダンスが上手くいかず、一緒に踊ることになっていた生田衣梨奈が巻き添えを食って、ダンス全体が省かれそうになっていたとき、当日になって二人で直訴してなんとか踊れることになった、というエピソードがあるが、それぐらいの細かいレベルでのクオリティ・コントロールや意思決定が現場で行われていることがわかる。


まあモーニング娘。はこういうものなので、こういうものとして受け入れるしかない。歌もダンスも指導者の力量が上限になるしかないし、その点では歌の方がダンスよりもずっと深刻な状況にある。

それと引き替えに、これは日本の「アイドル」全般に言えることだが、アイドル本人たちは作品の出来に関して「免責」されている。どれだけダサい歌詞やメロディを歌わされようと、どれだけダサいムーヴを踊らされようと、「本人たちには責任がないのに、かわいそう」と思われて、ファンたちは余計に感情移入するという仕組みになっている。そういう仕組みだからこそ、その枠組みから逸脱して輝いた瞬間が美しい。日本的な侘び寂びの世界である。
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Hello! Project 2013 SUMMER COOL HELLO #1

2013年8月4日、夏のハロコンを見に中野サンプラザに行ってきた。3回まわしのうちの朝・夜の回の2公演で、シャッフル・ユニットをやる「マゼコーゼ!」と各グループのパフォーマンスが中心の「ソレゾーレ!」の両バージョンを見た。

モーニング娘。の春ツアーに前座として出ていたJuice=Juice以外の他グループを見るのは1月の冬のハロコン以来ということになる。久しぶりのアイドル・コンサートだったせいか、大いに楽しめた。ハロコンにありがちなトークとかゲームとかビデオなどの時間を抑えているようで満足感が大きかった。


けっこう気が高ぶっていて、書きたいことがいっぱいある。前回のように尻切れトンボにならないよう、記憶が薄れないうちに一気に感想を書いてしまいたい。


● 田崎あさひは1月のハロコンで聴いた『Rolling Days』に加えて、新曲の『サクラ時計』。バンドのトラックをバックにピアノの弾き語りという形態にはLovendeRと似た限界を感じる。こっちの方はトラックの作り方次第でもうちょっとピアノを弾く意味が出てくるだろうに、という歯がゆさがある。このタイプの歌手が日本でどんな感じなのかをよく知らないのだが、私の感覚では、シンガーソングライターの道を目指すしかないのでは?


● 『三百六十五歩のマーチ』とか『ももち!許してにゃん・体操』みたいな、見ているだけで命が削られていく感じのする演目は今回はないのかな、と思っていたら、SATOYAMA movementというやつ全体がそれであった。そんな中で良かったのは佐藤優樹と宮本佳林から成る「ジュリン」というユニットの『ほたる祭りの日』。

この曲で、佐藤優樹はダンスで感じさせる大物感を歌の面で感じさせた。「こんな感じで歌うけど、別にいいでしょ、私は別にこれでいいと思ってるし」みたいな、開き直りというのでもない自然な存在感。

それと対照的だったのが宮本佳林。そもそもモーニング娘。の中でもそれほど大きいという印象がない佐藤優樹と並んで立つと、びっくりするほど小さい体なのだけれども、それに呼応するように存在感も薄い。のびのびと歌っている佐藤優樹とは対照的に、ピッチが不安定であるだけでなく、自分の声と歌い方に自信がなさそうな頼りない歌声だった。宮本佳林はなんでもそつなくこなす人だという先入観があったせいで、ほんとうに意外な発見だった。これのせいもあって、後に述べるように今回のコンサートでJuice=Juiceへの興味が一気に強まった。


ユニット/楽曲として良かったのはこの「ジュリン」だが、個人賞は「メロウクワッド」の徳永千奈美。絶望的につまらない曲のつまらないダンスを必死にかっこよく踊ろうとする夏焼雅・矢島舞美・岡井千聖を横目に、いつもの緊張感のない適当ダンスを踊るその姿が非常にすがすがしく見えた。この人は『三百六十五歩のマーチ』でも同じような適当ダンスで強く印象に残っている。


● モーニング娘。武道館公演での前座を見て以来のJuice=Juiceには、7月5日に大塚愛菜が脱退するという大きな事件があった。このブログでは書かなかったけれども、『私が言う前に抱きしめなきゃね』のパフォーマンスでは、ダボダボの服を着た大塚愛菜の、体を振る動きをするたびに露わになる肩が一番印象に残っていたので、このニュースにはけっこうの衝撃を受けた。

しかしこの人がいなくなったおかげで、他のメンバーをもうちょっと注意深く見る余裕ができたのである。これに加えてシャッフル・ユニットでのパフォーマンスもあったので、このハロコンでJuice=Juiceに対する理解がずいぶん進んだ。上に書いた宮本佳林の予想外の弱さはその1つだった。

「トリプルA面」のメジャー・デビュー・シングルに入る新曲『ロマンスの途中』は、モーニング娘。の『The 摩天楼ショー』によく似たファンクで、高木紗友希以外はファンク・ダンスをちゃんと踊れていない。後列の3人はもともとダンスが上手でないが、特に植村あかりは飯窪春菜級だった。

というわけで、最初にパフォーマンスを見たときの、「そこそこできあがってる人たちを集めて、平凡な楽曲をやらせているグループ」という印象は完全に覆された。いまとなってはなんでそんなことを思ったのかが不思議なわけだが、それほどにデビュー曲の『私が言う前に抱きしめなきゃね』はガチガチに固めてきていたということなのだろう。それと、大塚愛菜の肩が強力なめくらましになっていた、と。

皮肉なことに、これのおかげでJuice=Juiceに興味が湧いてきた。なんでもハロプロはこの夏にロゴを変更し、「大人っぽくオシャレに」をテーマとしてやっていくことになったらしい(夏焼雅のブログ・エントリより)が、現時点でその表現に当てはまるのはこのJuice=Juiceだけなんじゃないの、と思ってしまうような状況なわけだ。そのテーマに合致する曲を与えられればいい線行くのではないだろうか。その前に楽曲提供者とコレオグラファーが「大人っぽくオシャレ」なものを提供できなくてはいけないわけだが。

『私が言う前に抱きしめなきゃね』と『五月雨美女がさ乱れる』はメジャー・デビュー・シングル用に編曲を変え、コレオグラフィーが若干シンプルになった(?)ような気がする。特に前者は「静」の要素が増えて若干印象が良くなった。それにしてもこの「MEMORIAL EDIT」というのは、大塚愛菜が死んだという誤解を生じさせかねない名称だ。そういえばモーニング娘。の卒業記念DVDとかにもこの"memorial"という言葉が使われるけど、これって基本的に死んだ人に対する「追悼」という意味だからね。勘弁してほしい。


植村あかりが最年少の14歳だということにはびっくりする。まだ何も知らないまま初めて『リゾナントブルー』のMVを見たときに、真ん中で大きく踊っている久住小春が、最年長ではないとしても上から2番目ぐらいなのかな、などと思っていたのに、実は下から2番目の15歳だと知ったときの驚きを思い出した。年齢高めの宮崎由加と金澤朋子とともに、恵まれたルックスと体格を持つ強力な後列陣だ。


● シャッフル・ユニットでは佐藤優樹・小田さくら・福田花音・宮崎由加・金澤朋子による「黄色5」の『黄色いお空でBOOM BOOM BOOM』が印象に残っている。佐藤・小田・福田の安定感と、宮崎・金澤の新鮮さが好印象。

あとは当然ながら道重さゆみ・熊井友理奈・矢島舞美・植村あかりによるスマイレージの『有頂天LOVE』。2012年春の『やる気! IT'S EASY』ほどの視覚的インパクトはなかったものの、道重さゆみが熊井と矢島に挟まれて出てくると、髪型・体型などから明らかに道重さゆみだと認知しても「スケールがおかしい!」と感じてしまう。


長くなっているのでエントリを分ける。

Hello! Project 2013 SUMMER COOL HELLO #2

「Hello! Project 2013 SUMMER COOL HELLO #1」の続き。

● スマイレージは、新曲の『ヤッタルチャン』(http://www.youtube.com/watch?v=emiJ1iGih6U)と『新しい私になれ!』(http://www.youtube.com/watch?v=yCttQlnRcOU)が久しぶりにとても良いので、実は一番楽しみにしていたのだけれども、ライブで見るといまいちだった。

イベント会場の小規模なステージで近くから見ると迫力があるかもしれないが、コンサート・ホールで見ると、大きなステージを活かせずにちょこまか動いているという印象が生じる。

シングル曲のメドレーは、ハロプロ典型の単調な駄曲が延々と続くというもっと深刻な印象。後藤真希の末期とかTheポッシボーとかの、非常に不吉な連想をしてしまう。

メンバーたちはとてもいいコンディションにある。新曲2曲のMVではみんなとても魅力的に映っていていい感じだし、ステージ上でもそれぞれいい動きをするのだが、全体的に「ちょこまか」すぎるもので…


● このところ℃-uteのことは追っていなかったのだが、なんだかダンスに違和感を覚えたので調べてみたら、新曲『悲しき雨降り』と『アダムとイブのジレンマ』はYOSHIKOがコレオグラフィーをやっているのだった(http://ameblo.jp/yoshiko-445-yoshiko/entry-11569272233.html)。まあ、さすがと言うしかない。℃-uteっぽいダンスの要素を残しながらも、見応えのある作品に仕上がっていた。大きなステージでのスケーラビリティがなさそうなのも同じなのだが。

今回見ていて、私が℃-uteのダンスに感じる退屈さを表すいいアナロジーを思いついた。ハロプロの典型的なハロプロ唱法に似ているのだ。ニュアンスを詰め込みすぎ、というか。ニュアンスを詰め込める技術があるからできるわけだが、それをセーブするセンスがないため、見ている方の感覚がオーバーロードしてしまう。ここのところが根本的に解決されないと私はキツいかな。


● Berryz工房は1月のハロコンでもやった『アジアン セレブレイション』が良すぎて、メドレーはもちろん、新曲の『ゴールデン チャイナタウン』と『サヨナラ ウソつきの私』も霞んでしまった。『アジアン セレブレイション』はBerryz工房に数年に一度やってくる歴史的傑作で、ライブとMV/CDの両方がいいという点で特筆に値する。


● モーニング娘。はつい最近ミュージック・ビデオが公開されたばかりの、8月28日発売予定の新曲『わがまま 気のまま 愛のジョーク』と『愛の軍団』のほか、エレクトロ路線のメドレーと『みかん』(これは回替わりだったようだ)。

新曲のMVは敢えて(ほとんど)見ないでおいたので、ライブ・パフォーマンスで事実上の初鑑賞だったのだが、これどちらもものすごくいい! 『君さえ居れば何も要らない』を長尺でやったし、メドレーは冗長なところを省く感じの悪くない編曲で、コレオグラフィーの調整も良かった。

田中れいなが抜けた後の初めてのコンサートだが、ダメージは感じられなかった。むしろ「新生」の印象がはっきりしていい面も大きいのではないかと思う。道重さゆみはフレッシュなモーニング娘。に違和感なく溶け込んでいる。

さらにエントリを分ける。

Hello! Project 2013 SUMMER COOL HELLO #3

「Hello! Project 2013 SUMMER COOL HELLO #2」の続き。

というわけで、全体的な印象がとてもいいコンサートだった。以下、補足として。


● ハロプロ研修生は何人か個体識別ができている積もりだったのだけれども、金子りえと田辺奈菜美しかわからなかった。金子りえはそろそろ佐保明梨と似た感じで注目していく必要があるような気もするがよくわからない。研修生全体でのパフォーマンスは元気いっぱいだったが、私の好みからは外れていた。


● 全員でやる『Danceでバコーン!』での鈴木香音がなかなかダイナミックな動きをしていた。そろそろ「ジョン・ベルーシってけっこう踊れるじゃん」状態になってきており、その道を進んでいいのか真剣に考えるべき段階が来ていると思う。


● 譜久村聖が全体曲の歌パートでスクリーンに大写しになることが何度かあって、発声はいいのだけれども、無表情な顔でいいのかどうか気になった。変に表情を作られてもうんざりする可能性もあるし、これで行くのであればそれでもいいのかもしれないのだが。


● 和田彩花の顔が大きく変わってきた。これ、道重さゆみの好みから外れちゃったんじゃないの? 菅谷梨沙子と同じく「殿堂入り」しているのかもしれないけれども。私としてはようやく「女性としての魅力」が感じられるようになってきた、という感じなのだが、いまのスマイレージにそれが合うのかよくわからない。


● 今回気づいた勝田里奈と佐藤優樹の共通点。ともにぼんやりした印象だが、首と肩のアイソレーションがちゃんと出来ている。そんな感じのする人たちじゃないだけに、はっとさせられる。


● 黒髪のメンバー(嗣永桃子、須藤茉麻、矢島舞美、鈴木愛理)を集めてのトークのセグメントに、道重さゆみがコメンテーター枠で参加していた。最後に、髪を染めるとしたらどんな色がいいか、という質問があって、道重さゆみも何か言うかなと期待していたら、結局コメントのないままセグメントが終わってしまった。髪の色についての記事を書こうかと思っていたので、この質問にどう答えうるのか興味があったのだが。


● 道重さゆみが「リーダー」として登場するハロコンは、もうこれで3回目。要所要所で特別扱いで登場したり、全体曲の中でスクリーンに大写しになったりするのがいまだに不思議に感じられる。あと何回これがあるのかわからないが、最後まで十分楽しめそうだ。

口パク再論: Yahoo知恵袋の口パクに関する記事から来た人へ

このブログを読んでくれている方からのメールで知ったのだが、このブログのエントリを、文脈を無視して引用して利用している人がYahoo知恵袋に生息しているようだ。たとえばこれhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1485643464 : 「AKBって口パクですよね。」。他にも似たような「アンサー」がいくつもある。

"michishigefan"を"detail.chiebukuro.yahoo.co.jp"でサイト内検索


この問題は、モーニング娘。のいまの新路線が世間に浸透するにつれて気にする人が増えてくる可能性もあるので、当該エントリの冒頭にポインタを置いて、新たにこの記事を書くことにした。

引用されているエントリは「2012年2月10日『ハッピーMusic』で新曲『ピョコピョコ ウルトラ』を披露」で、ここの


光井愛佳のパートであるAuto-tuneされた「言うだけ番長」を、たぶん音の差し替えを行わないまま、道重さゆみが口パクで代行している。ここの部分は、私も最初は誰が歌っているのかわからなかったぐらいに、道重さゆみが歌っていても違和感がないパートではある。10期が完全口パクなのは変わらず。


という部分が、「モーニング娘。が口パクをやっている」という主張の裏付けとして利用されている。でまあ説明しておくと、

● ここで出てくる光井愛佳という人は、CDの収録には参加して歌パートを持っていたけれども、足の怪我のせいで休養に入っており、この収録には参加していなかった。しかもそのパートは、当時のモーニング娘。ではまだ珍しかった機械処理を施されていた(だから「私も最初は誰が歌っているのかわからなかった」)。


● 10期メンバーは、これが初めて参加するシングル曲で、初めてステージに立ってからまだ1か月ぐらいしか経っておらず、テレビ番組でのパフォーマンスもこの曲が初めての完全な新人だった。


このように特殊な事情があったから、このテレビ出演でどのように処理されるかが興味の対象となった。そしてモーニング娘。にとっては普通でない事態だったから、わざわざ言及しているのである。


引用者の全体的な主張には反論する気もおきないが、「モーニング娘。は基本的に口パクはしていない」とだけは言っておく。

「基本的に」と書いたのは、いわゆる「被せ」と呼ばれる方法は常用しているし、テレビ番組の収録が典型だが、技術的制約のせいで一部のメンバーを除いてマイクが切られている状態でパフォーマンスを行うこともあるからだ。それ以外にも、上記のように経験の浅い新人のケースや、メンバーの喉の調子が悪いときなどに、明らかな口パクが行われることはもちろんある。CDのリリース・イベントで誤って歌声入りトラックが再生されてしまったという事件で、不測の事態に備えてそのようなトラックが用意されていることがわかったこともある。


そういう例外的状況はあるにしても、曲とダンスは生で歌うことを前提に作られている。たぶんアイドルのジャンルにおいて一番重要なのはこの点なのではなかろうか。つまり、生で歌うことを前提にして作られているかどうか、だ。生で歌わないのならば、歌い手の音域や技術を考慮せずに歌パートを作れるし、どんなに激しいダンスも踊らせることができるし、手でマイクを持つという制約に縛られることなく振り付けを設計できる。

いまのエレクトロ新路線で多用されるようになった、歌声の機械処理に関しては、私の見てきた範囲だと、基本的には「被せ」で対応しているが、事実上の完全口パクになっているケースもないわけではない。リアルタイムでの高度な(つまり単純なイコライザーとかフィルターとかそういうのの以上の)機械処理は、たぶんモーニング娘。はやっていないが、確信はない。


なお口パクの問題は単純な二項対立の問題ではない。これについては前に『リップ・シンキング/口パクについて』という記事を書いたので、関心がある方はどうぞ。結論を言えば、たしかに私は口パク容認派である。それに見合うだけの芸術的価値のある作品である場合に限って。

『わがまま 気のまま 愛のジョーク』と『愛の軍団』のMVが素晴らしい

この件、どんなスタンスでどこまで書けばいいのか迷っているうちに時間が過ぎていくので、見切り発車で載せてしまうことにする。

前回の中野でのハロコンでライブ・パフォーマンスを見て以来、それまで意図的に避けていた新曲2つのミュージック・ビデオを、自分でも呆れるほどに繰り返し見ている。ファンになって4年目、モーニング娘。のMVをこれほど見るのは久しぶり、それこそ4年ぶりかもしれない。

これまで数か月にわたって手を入れてきた「新生モーニング娘。は高橋時代のモーニング娘。を超えたか?」というタイトルのテキストを完成させるのを断念したぐらいに、この2作のインパクトは強かった。スタジオ録音音源とMVという領域に限っていえば、いまのモーニング娘。は史上最強の状態にあるという気がするし、MVの出来という点では、この2作が両A面シングルとして同時にリリースされるということも考慮に入れると、史上トップ5には余裕で入り、『そうだ! We're ALIVE』などの過去の歴史的大傑作と肩を並べたと思う。


というふうに強気で書き出した文章をどう展開させてどんな結論に持っていくかに迷って1週間以上が過ぎたわけである。


前に「これからの道重さゆみの位置づけに関するファン的妄想」という記事を書いたとき、いまの新路線を気に入っていることに触れて、「道重さゆみがリーダーになったとたんにこんな持ち上げ方してる、ということでは決してない。これらの曲で道重さゆみが目立って重用されているわけでもないし」と書いたのだが、今回の新作では曲とMVの両方で彼女が目立って効果的に使われているように感じる。

道重さゆみのファンが、相対的に彼女の比重が高くなったリーダー期のシングル曲を好み、特に重用されている今回の2曲を気に入るのは当然のことなのではなかろうか。そう考えていると、この点に関する自分の評価の客観性に自信がなくなってきたというのはある。


客観的な論拠もないわけではない。そもそも上記の高橋時代との比較のテキストを書き始めたきっかけは、折に触れてモーニング娘。を中心にアイドル全般のMVやライブ映像を見せてきた「準一般人」と言うべき知り合い((C)鈴木愛理)が、たしか『Help me!!』か『ワクテカ Take a chance』のダンス・ショット・バージョンのMVを見ているときに「前よりもずっと良くなったね」と呟いたことだった。これに応えて、「ライブで見ると問題がないわけではないんだよ」などと、このブログで書いているようなことを言うわけだけれども、突っ込んだ話をしているうちに、たしかにMVと(厳選された)ライブ映像だけを見ていると、いまのモーニング娘。は格段と良くなっているように見えるだろう、と思えてきた。


ここ1年ほどアイドル全般から距離を置いたために一般人的感性が若干戻って来ている者として言わせてもらうと、いまのモーニング娘。は、非アイドル・ファンという意味での「一般人」に対する訴求力が高まっていて、これまでにない新しいファンを獲得する可能性を秘めている。特に歌、ダンス、そしてルックスを含めたビジュアル・イメージの点で、「アイドル」の「臭み」が薄れていて、そういうのに抵抗を持っている層が受け入れやすくなっているのではないかと思う。

しかし、これはいくつかの点で、必ずしも無条件で喜ぶべき事態ではない。ここではそのうちの1つに簡単に触れておこう。


この「一般人に対する訴求力」とか「アイドルの臭みの減少」を論じるにあたって、私が思いついた言葉は'respectable'という英語だった。Web上の辞書を引くと、「(社会的に認められている水準や品性を持ったという意味で)ちゃんとした,りっぱな,恥ずかしくない,品行方正な」という解説が出てくる。

この'respectability'の実現のためにモーニング娘。に起こった変化のいくつかは、「後ろ向き」なものだった。加算ではなくて減算によって、消極的な対処によって実現された。

典型的なのはヴォーカル面。新生モーニング娘。のエレクトロ路線は、歌の面で、明らかにメンバーのスキルの低下に対処するための「消極的」な工夫がなされている。短い歌パートをより多くの人に分散させ、「歌い上げる」ことが難しいメロディーを付け、エフェクトを付けまくって元の声のニュアンスを消してしまったりもする。

しかしこれによって、ハロプロの最大の弱点の1つである(と私が思っている)、歌の「こねくり回し」感が格段と薄れた。これは高橋愛だけの問題ではない。たとえばいま改めて『女が目立ってなぜイケナイ』(http://youtu.be/gyO5aOui5Rs)の最初の1分ほどを聴くと、歌い手が入れ替わり立ち替わり、短いフレーズにニュアンスを入れようと頑張っていて、胃がもたれる感じになってこないだろうか。


ダンスについても似たことが言える。全体的なスキルの低下に対処するために、クセの強いコレオグラフィーを前面に押し出し、細かいムーヴを制限の強いシンプルなものにした。これによって、(少なくともMVの段階では)見栄えのいいものができあがる。


しかし、これは細かく見ているファンであるがゆえのことだが、どちらの点についても「下駄を履かされている」という感が拭えないのだ。もちろん、履く下駄は高くて何の問題もない。下駄を履いていない状態が「真の姿」であるという幻想もない。メンバーはメイクアップなしにステージに立つべきだ、なんて思わないわけで。

もう1つ、これはモーニング娘。の本当の強みではない、という思いもある。今回の2曲のMVを見てモーニング娘。を気に入った人たちは、果たして『グルグルJUMP』を気に入るだろうか。


いずれも単純な結論には至らない話だし、この状態がいつまで続くかもわからないので、とりあえずの現時点での感想を記録する、ということで。あまりに面倒くさいので、今後しばらくは「なんでモーニング娘。がいいの?」と訊かれたら、シンプルに「道重さゆみがきれいだから」と答えることにしようかと思っている。


『わがまま 気のまま 愛のジョーク』の冒頭。道重さゆみのダンスの良さを凝縮したような部分。

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譜久村聖とのコンビがどんどん良くなっていく。

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『愛の軍団』の冒頭。

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こういう挿入ショットの質がアップフロント製品とは思えないほど高い。なにがあったんだ? 歌詞の英語訳はアップフロント・クオリティになったが。

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ついでに道重さゆみ以外のメンバーのハイライトを。


春ツアーでは意図的に抑えていたように感じた、譜久村聖のグルーヴ。

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小田さくらの「ワオ」。この箇所に限らず、この人の不思議な表現が随所に見られる。おそらく私の好みには合致しない方向に進んでいくのだろうけれども、いまのモーニング娘。の無視できないファクターの1つだ。

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LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #1

2013年8月16日、千葉の柏PALOOZAで行われたLoVendoRのライブを見に行ってきた。LoVendoRはモーニング娘。の春ツアーで見ただけで、このブログでは二度、ネガティブな形で触れており(#1#2)、特に初めて見たときの感想では「このグループのパフォーマンスは見に行かないだろう」とまで書いている。今回気が変わったのは、もっぱら前日に放送されたインターネット番組『西川貴教のイエノミ!!』のせいだ。出来レースっぽい流れではあったものの興味深い内容で、私のような位置にいる人間の足を千葉に向かわせたという点で仕掛けは見事に成功したと思う。

柏PALOOZAはキャパシティが公称450人のライブハウスで、この日はこれがちょっと余裕を持ちながらもいっぱいになるていどの客入り。メンバーから、いつもより人が多いという発言があった。私は当日券で入ったので、後ろの方での鑑賞となったが、フロアに段差があったこともあって非常に見やすかった。オール・スタンディングのライブにしては観客が異様に行儀良かったというのもある。

ライブはなかなか良かった。田中れいなの熱心なファンであれば、行かない理由がないぐらいの濃密な時間を体験できるはず。


● 印象の好転の60%ぐらいはドラムスとベースのサポート・メンバーに由来する。ドラマーは小林香織(サックス奏者の人は同名の別人) http://ameblo.jp/kao-kao-rhythm/)。「バンドマスター」で、このバンドのパフォーマンス面での指導者ということのようだ(http://ameblo.jp/kao-kao-rhythm/entry-11531113226.html)。ベーシストは今ツアーではこの日だけだったらしい清 http://ameblo.jp/kiyoshi-manii/)。この2人がとにかくお上手でかっこよい。

これまでアイドルをサポートする生バンドはいくつか見てきたけれども、今回の2人は東京女子流で見た土方隆行と松井寛に匹敵するぐらいに印象が強い。サポートとしてこのクラスの人たちを呼んでくるのであれば、2ボーカル2ギターの変則編成はぜんぜん悪くないのだと悟った。ただ、この2人のせいでメンバー2人のギターが余計にしょぼく聞こえたというのはあるから、オーバースペックと感じる人もいるかもしれない。


● 印象の好転の20%ぐらいが、途中でやった大喜利。普通にロックを聴きにいくつもりでライブに行って大喜利を見せられたら、腹を立てて帰るだろうと思う。その他にも、カラー・スティックを振る観客、それを「オイ、オイ」と煽るメンバーたち、歌いながらのアイドル的振り付け、アイドル的コール(いわゆる「PPPH」というやつ?など)、アンコールを求めるコール、最後に観客に向かってアイドル的に手を振るメンバーたちなどなど。

これらすべてを象徴・代表するのが、「セレブの集まるパーティーに行ったらみんなに注目された。さてなぜでしょう?」というお題の大喜利だった。これをまた田中れいなが面白くしようとして頑張っているのだ。その姿を見ていて、彼女がこれまでLoVendoRに関して行ってきた諸々の発言や、前日の『イエノミ!!』でのすれ違いをどう理解すればいいのかがすんなりわかった気がした。

田中れいなはモーニング娘。時代と同じことをやろうとしている。モーニング娘。のメンバーとして10年間やってきて、パフォーマンスとしてもビジネス面でも成功してきたことを、より小さいスケールではあるが、自分の役割が相対的に重くなっていて、よりコントロールも効く環境で続行しようとしている。それが自分の好きなことであり、自信のあることで、確実な成功体験もあるわけだから、いま大きな方向転換をする必要などどこにもないのである。


● 印象の好転の20%ぐらいが、田中れいな以外のメンバーたち。その人となりに興味が湧いてきた。

今回はっきり認識したのは、ギターの2人が「ロッカー枠」ではなく「アイドル枠」だ、ということだ。『イエノミ』での西川貴教は、特にヌーノ・ベッテンコートの名前が出てきたせいもあったろう、この点を勘違いしたせいで的外れな方向に向かうことになった(でもこれは出来レースだったかもしれないが)。

でまあ個人的好みで言わせて貰うと、ギターの2人、魚住有希と宮澤茉凛には、単純に年齢が高い(といってもみな田中れいなよりも若いわけだが)だけでなく、芸能界の外で育ってきた人としての魅力がある。ハロプロにはこういうのが決定的に欠如しているから、うまくアピールできればそれなりの需要が見込めるかもしれない。

岡田万里奈と田中れいなのツイン・ヴォーカルはうまく機能する可能性がある。今回特に印象に残ったのがモーニング娘。の『ファイン エモーション!』で、田中れいながこんな声の人と一緒に歌っているのを聴いたことがなかったからとても新鮮だった。


● 『イエノミ!!』での最大の焦点、そしてこれは私がモーニング娘。のコンサートで最初に見たときに思ったことでもあるが、なんで懐メロのカバーなのか。

この点については、今回ライブを見て少し納得した。Wikipeidaのエントリには「まずはフォークのカバーを中心にやることで、バンドの音を固めることにしている」とあるが、このバンドのギタリストたちはまだ本格的に複雑なモダンな楽曲をやれる段階にない。

で、ライブで実際に見ると、懐メロのカバーであることはそんなにディスアドバンテージにはなっていない。まずリズム隊が良いから、どんな曲もそれなりに聴けてしまうということが大きい。現代風にアレンジしているから、曲が古いという感じはそんなにしない。むしろ『ファインエモーション!』とか『好きすぎて バカみたい』などのハロプロ曲の方がレトロに聞こえる。

そしてこの話を聞いたときに誰もが最初に思うであろう問題点、「歌の世界観のミスマッチ」。これに関しては、音がうるさくて歌詞が聴き取れないし、ヴォーカリスト2人ともそれが問題となるような歌い上げ方をしないから大して問題になっていない。あとモーニング娘。の世界から来た人はもっと訳のわからないもの(地球とかお米とか)をくぐり抜けてきているから、少々のことでは動じないはずだ。


たぶんこの日やった曲の中で最も大きな問題となりうるのは、泉谷しげるの『国旗はためく下に』だと思う。この歌詞(http://www.uta-net.com/song/95495/)とこのパフォーマンス(http://youtu.be/w6c9pwvIAH4?t=48s)を見てどう思うか。

これの含まれている政治的主張自体、あるいはそのアナクロニズムが引っかかる人はもちろんいると思うけれども、私の場合は、前に『雨上がりの夜空に』について書いたように、「パフォーマンスに説得力が感じられない」ことから来る違和感がキツい。『雨上がりの夜空に』とは違って、こっちは4人全員に違和感がある。

しかしこれほど問題含みなのはこの曲だけだということからもわかるように、ことの本質は、カバーの対象がフォークであるということではない。『イエノミ』で示唆されたような「尖った」方向性に進んだ場合でも、まずいことになるリスクは十分にある。

テキストを分ける。

LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #2

「LoVendoRファーストライブツアー2013 Ver.2 @ 柏PALOOZA #1」の続き。


● オリジナル曲について。モーニング娘。の春ツアーで聴いた『この世に真実の愛が一つだけあるなら』は、つまらないJpopという感じで好みではなかった。中島卓偉の作品だという『思うがままを信じて』は平凡だが、田中れいなならなんとかしてくれそう。『愛の儀式』という曲はどんなものだったか思い出せず、ライブ動画も音源も見つからなかった。

『人生マニアック』という曲はなかなか良く、ライブ1曲目だったこともあり、ライブ全体の好印象に大きく貢献したように思う。こちらにライブ映像がある: http://youtu.be/uTL-WF4j8F0?t=27m28s

パフォーマンスの内容はともかく、曲として、興味を持てるそこそこの複雑さを持っていて、ヴォーカルにもギターにも面白い見せ場があるということはわかると思う。


● 最後のまとめとして、『イエノミ』の話に戻る。この番組は、以前アイドリングの遠藤舞がアシスタントをやっていたこともあって何度も見ているのだが、面白いと感じたのは今回のLoVendoRの出演回が初めて、というぐらいに異例の面白さだった。もっともこれほど馴染みのあるゲストは初めてなんだから当たり前といえば当たり前か。その面白さの原因は司会の西川貴教と田中れいなの衝突とすれ違いだった。

西川貴教は番組が始まる前から、「会社から言われるままにフォークのカバーをやるのではなく、アイドルを脱してロックをやれ」と言う算段をしていただろう。ヌーノ・ベッテンコート好きに焦点を当てたのは、そこに持っていくための前準備だった。しかし田中れいなはその説教に頷くどころか、大まかな話の枠組みに同意することすらしなかった。


で、私はこの回を見て、圧力に負けずに持論を貫く田中れいなの強さに改めて感銘を受けた。彼女がモーニング娘。での終盤をともに過ごした道重さゆみにも感じることで、外から押しつけられる権威に簡単に影響されない強さがある。これはともすれば「他人の意見を聞き入れない頑固さ」にもなって、それなりの弊害も引き起こしているだろうけれども、2人の魅力の源泉の1つだ。

彼女はいまは会長の好みに従順に従ってフォークのカバーをやっているわけだけれども、西川貴教にプロデュースをやってくれと(半ば冗談でも)お願いできることからわかるように、会長の価値観も権威も内面化しているわけではない。自分がアイドルとして歌を歌うというところさえ確保できていれば、どんな形態でどんなジャンルの曲をやってもいいのだから、周囲で動く大人たちの動きを見て、その場その場でうまく乗りこなしてやろう。

これが、彼女がブログに書き、会場でも観客に対して言った「今が楽しけりゃ それでいーと思うと」の背後にある世界観なのだと思う。


● この枠組みの中で、バンドの他のメンバーがどのような位置にいるのか、田中れいなを含めたバンド全体のダイナミクスがどうなっていくのか。「田中れいながソロでやってればいいんじゃないの?」という疑問は絶対に湧いてくると思うのだが、それにどう応えられるのか。私はこれまでLoVendoRに興味を持っていなかったのでぜんぜんわかっていないし、それが面白いアイドル・コンテンツになりうるのかどうかもまだわからない。が、今回の放送とライブで興味が湧いてきたので、しばらく追いかけてみようと思う。

私は日本のポップ/ロック・シーンに疎いので、LoVendoRが売れるのか、どのように受け止められるのか見当がつかないのだけれども、今回のようにロックに関する固定観念からの批判は絶対出てくると思う。軽やかに受け流して進んでいってほしい。今回の『イエノミ』での様子を見ると、この手の論はもういくどとなく聞かされていて、彼女側の理論武装はできあがっているという感じもするのだが。

「世界で最も美しい顔100人」には大した意味がないということ

ずいぶん前のことになるが、高橋愛が外国の映画サイトの「世界で最も美しい顔100人」のリストにノミネートされた、という話がネット上でニュースになり、『ヤングタウン』でも話題に上ったりしたことがあった。最近、モーニング娘。に特に興味を持っていない人と話をしていて、この件が意外にも変な形で世間一般に知られていることがわかったので、この記事を書くことにした。

問題のサイトはこれ: http://www.tccandler.com/
問題の企画はこれ: http://www.tccandler.com/beautiful-faces/

日本語のインターネットの世界でこの件がどのように語られているかは、「最も美しい顔」で検索するとわかるだろう。2012年には日本からは桐谷美玲、佐々木希、黒木メイサが入選した。2011年には佐々木希と蛯原友里が入選し、高橋愛はノミネートされたが100位までには入らなかった。


この話を知って最初に思ったのは、国際的であるとはいえ、西洋人によって運営されているサイトのリストで、この面々が「美しい顔」として(他の大勢の潜在的候補に先立って)選定されるのはおかしい、ということだった。それが本当なら、この人々が入選したことよりも、そんなランキングが存在すること自体にニュース・バリューがある、ぐらいの意外さだ、と思ったのである。

それで実際にサイトを見に行ってみて、このリストには大した意味がないということがわかった。


● 何の権威もない個人の映画評サイトである

このサイトは「アメリカの映画サイト」などと紹介されているけれども、http://www.tccandler.com/about-the-site/を見るとわかるように、ロンドン生まれミネアポリス在住の、過去に共同で映画コミュニティ・サイトを運用していたことがあるプロのポーカー・プレイヤーが趣味で個人的な映画評を載せているサイトである。レビューがどこかにシンジケートされているわけでもない、何の権威もない普通の個人サイトだ。

念のため書いておくが、私にとってはこの手のレビュー・サイトに「権威がない」というのはポジティブな指標ではある。ただ、このサイトの映画評は単純にきわめて質が低い。映画好きな人はたとえばhttp://www.tccandler.com/movies-A/にあるタイトル一覧の☆の数をざっと見るだけでもわかると思う。まあこの件は話が逸れるのでここでやめておく。


● ノミネートと選定のプロセス

このリストの候補がどのようにノミネートされ、順位がどのよう決定されているかの説明はわかりやすい形では掲示されていない。2012年のリストのページ(http://www.tccandler.com/100-most-beautiful-faces-2012/)にある簡単な説明がすべてだと思う。

私がこのサイトを初めて見たときには、過去の年度のコメントが残っていて、そこに載せられたサイト・オーナーのコメントから、リストの選定プロセスを推測することができた。現在ではそれらの情報は削除されている(後述のように、Wayback Machineで確認できるが、面倒なので今回はチェックしていない)。

これ、自分がよく知らない「外国」の候補者については、サイトの訪問者が残しているコメントから名前を集めているのだ。現在のメイン・ページ(http://www.tccandler.com/beautiful-faces/)の下の方にあるコメント欄がそれである。

こうやって集めた名前をGoogleの画像検索で調べ、自分の好みに合った人をノミネートする。具体的な数字は忘れてしまったけれども、最初に数百人のリストを作るということだったと思う。

この数百人を100人に絞り込むプロセスに関しては、「知り合いにリストを送って投票してもらい、上位を選んでいる」というていどの説明しかなかった。どんなバックグラウンドの人たちが何人いるのか、どういう手順で投票・集計しているのか、などの具体的な話はまったくなかったので、そもそもそんなことやっていなんじゃなかろうか、というのが当時の印象だった。


● なぜ高橋愛がノミネートされたのか

いま存在しているコメント群を見るとわかるように、サイトを訪れた一般ユーザーが、自分の好きな女性の名前を列挙する。アジアを中心に、英米以外の文化圏の人たちが特に熱心だ。

で、高橋愛がノミネートされた理由は、そのときモーニング娘。のファンと思われる人がモーニング娘。のメンバー数人を推薦したから、である。

当時、けっこう頑張って調べたのでこれは確信があるのだけれども、ノミネートされた日本人4人(佐々木希、蛯原友里、高橋愛、上戸彩)のうち、2010年にすでにリスト入りしていた佐々木希を除く全員がこのユーザー・コメント欄で日本人の読者によって推薦された人だった。日本人が合計で何人だったかは覚えていないが、そんなに多くは(数十人という規模では)なかった。

ちなみにこのときには道重さゆみも推薦されていたが、モーニング娘。からは高橋愛だけがノミネートされた。


● なぜ道重さゆみやその他の人たちが落選したのか

1. 日本的な「かわいさ」忌避のバイアス

そのときのコメントに、別の日本人候補者について「われわれはこんな若い女性は好まない」という、いくぶん見下した語調のものがあった。これは好意的に見れば、若い女性をノミネートしても投票者は好まないからどっちにしても落選する、だからノミネートする意味がない、ということなのかもしれないが、いずれにしても日本的な「かわいさ」は最初から忌避するバイアスがあるように思う。まあこれは最終的に出てきたリストを見れば一目瞭然か。


2. Googleの画像検索で調べている

推薦された人がどんな「美しい顔」をしているかのチェックには、Googleの画像検索を使っているという説明があった。ということは、各候補者の名前をローマ字で入力して検索したときに、最初の方にどんな写真が出てくるかが決め手となる。

ちょっとやってみようか: "michishige sayumi"で画像検索

この検索結果はタイミングやユーザーの居場所(IPアドレス)などによって変わるだろうから客観的な資料としては使えないけれども、このやり方が抱える問題点は理解できるはずだ。2年前には、出てくる写真はもっと幼かったはず。

3. そもそも調べたのかどうか不明

プロセスが不透明なので、ノミネートされなかった人たちについてはそもそも審査が行われたのかどうかが不明である。


● なぜこんなものが注目されているのか

以上の選定プロセスを知った上で、改めて「最も美しい顔」で検索した結果を見ると凄まじい違和感があるだろう。なぜこんなことになったのか。

Googleで"TC Candler"を検索してみるとわかるはずだが、このサイト/企画は、アジアを中心に非英語圏の人々から特に注目されている。検索結果のスニペットには英語しか見えなくても、実際に飛んでみるとアジアの人が英語で作っているサイトだとわかるケースも少なくない。敢えて断言すれば、このサイト/企画は英米ではまったく注目されていないと言ってもよい。

そう考えると、これはスタートアップ・サイトが世界的なトラフィックを作る戦略としてはなかなか巧妙だ。日本語のネット世界で起こっているような現象が、他の非英語文化圏でも起こっているのだろう。「英米人が作った国際的な美しい顔のリストに、自国の女性が入った」ということだけで大喜びし、そのリストの意味とか価値には関係なく話題に取り上げられる。このサイトが年を追うごとにカバーする国を増やしているのは、このやり方に手応えを感じているからに違いない。


● Wayback Machineの参考リンク

現在のサイトから削除されている情報に関しては、いまでもWayback Machineでそこそこ調べることができそうだ(今回は面倒なのでチェックしていない)。たとえば、当時私が見た2011年のランキングのページはこれ:

http://web.archive.org/web/20120709180243/http://www.tccandler.com/beautiful-faces/most-beautiful-2011/

浅薄な解説とネットから拾ってきた写真がついていた。


● 個人的感想

おわかりいただけたと思うが、これはいかなる客観性もない個人的なリストに過ぎない。2012年度の1位にEmilia Clarkeを持ってくることからわかるように、基本的にミーハーである。英米以外の西洋諸国の候補者も、国際的に活動しているモデル以外は、英米の映画やドラマに出演して有名になった女優が多いという印象がある。

というように、いろんな問題を抱えたリストなのだが、私の中のミーハーな部分はこういうのもそこそこ楽しめたし、それ以外にもいろいろと考えるきっかけを与えてくれた。

最初に思いつくのは、なんで日本語のネット世界でこんなに話題になっているのか、ということで、ネット・メディアの質の低さとか、ネット上のミームの危うさみたいな話になる。これはしかし面白い話にはならないのでやめておく。

一番驚いたのは、このラインナップ(佐々木希、蛯原友里、高橋愛、上戸彩)を見て直感的に「おかしい」と思ったらしい人をあまり見かけなかったことだ。

今回ざっと調べてみると、あの頃と比べると違和感を表明している人ははるかに増えている(たとえば「世界で最も美しい顔 おかしい」でGoogle検索)。中国でもそんな話をしている人たちがいる(http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=68157)。

でも注意しなくてはならないのは、このリストの「おかしさ」から、「西洋人の美的基準はよくわからない」という結論を引き出してはいけない、ということだ。本記事で説明したように、このリストの審美的基準は一般的なものではなく、サイト作者の個人的好みである。そしてそれ以前に日本を含む非西洋諸国の女性に関しては、選定プロセス自体がいい加減すぎる。


人がどんな顔を「美しい顔」と認識するかはとても興味深いトピックだ。私の場合は、特に欧米の文化の中で、日本人を含む極東東洋人の顔がどのように評価されるかということに長く興味を持ってきた。これは単純に私が欧米の映画/ドラマのファンだから。

で、2012~2013年のいま、アメリカのTVドラマに主役級で出演しているアジア系の女性は2人いる。"Elementary"のLucy Liu (Googleで画像検索)と"Nikita"のMaggie Q(Googleで画像検索)。前者は特に、3大ネットワークのドラマでアジア系女性が主役を張るのは史上初めてであるだけでなく、シャーロック・ホームズ物のドラマなのにホームズを演じるJonny Lee Millerよりもワトソン(「ジョーン・ワトソン」なのだ)を演じているLucy Liuの方がギャラが高かったということで大きな話題になった。

こんな状況下で、佐々木希とか蛯原友里が「美しい顔」のランキングで上位に来るなんてそうとうびっくりする出来事なのである。高橋愛に関しては……ノーコメントということにしておこう。

2013年8月28日、モーニング娘。新曲リリース・イベント @ 池袋サンシャインシティ

2013年8月28日、モーニング娘。の新曲『わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団』のリリース・イベントを見に池袋サンシャインシティの噴水広場に行ってきた。この日は水曜日で発売日、オリコン・デイリーで初日1位をとったのだが、イベントの時点ではまだ判明しておらず、メンバー数名が「3曲連続で1位をとって紅白に出たい」という趣旨の発言をしていた。

17:00開始のイベント会場に私が到着したのは15分前ぐらい。リハーサルにぎりぎり間に合った。その後、40分ほどで新曲2曲に加えて『Help me!』と『ブレインストーミング』を披露していったん退場。私は用事があったのでここで離脱した。

2F左翼の2列目でフォーメーションの半分ぐらいしか視野に入ってこないし、音響が悪くてメンバーたちのトークはよく聴き取れなかったが、その場の雰囲気を感じ取れただけでも行く価値のあるイベントだった。


この夏に入ってモーニング娘。を取り巻くメディア環境が大きく変わったという感触があるなか改めて思ったのは、客層が変わってきているということだ。各種イベントに行っている人はもっと強く感じ取っているのだろうが、ほぼコンサートにしか行かない私も、ここ1年ほどで私よりも慣れてなさそうな人たちが会場に増えたと感じている。今回は、観客の姿を一目で見渡せるサンシャイン噴水広場で、その変化が白日の下に晒された。必ずしもここ最近強化されたプロモーションの直接の成果というわけではないと思う。

優先エリア前列にいたのは前からいつもいるタイプの人たちだが、私がいた2F左翼周辺では半分近くが女性。E-GirlsとかFairiesとかスマイレージとかのイベントで見る、メンバーたちと同年代と思われる若年層よりも、メンバーたちを妹みたいに見て楽しんでいそうなお姉様がたが目につく。男性客も年季の入ったアイドル・ファンっぽい人はあまりいない。

一番印象的だったのは、ハロプロ的な盛り上がり方をしている人が少ないということだ。これはもちろん、最近のエレクトロ路線がハロプロ的なコールを入れにくい作りになっていることの影響が大きい。『わがまま 気のまま 愛のジョーク』の「愛されたい」のところで観客が唱和するのが定着しているようだが、このあまりハロプロっぽくない盛り上がりに「誘導して封じ込める」みたいな意図を感じなくもない。非アイドル的なダンスのせいで振りコピが難しくなっているという点もあわせて、新生モーニング娘。の路線変更には、観客席の様子をどのように変えていくかという点での明確なビジョンもあったのだろうな、と思う。


でまあ、いままで一度も振りコピやコールや唱和はもちろん、カラー・スティックを振ったことすらない私としては、ここに来てモーニング娘。が「自分の領域に近づいてきた」という感触がある。「『わがまま 気のまま 愛のジョーク』と『愛の軍団』のMVが素晴らしい」という記事に書いたことと同じような意味で、これは嬉しいと同時に寂しいことでもある。



肝心のパフォーマンスについては、フォーメーションの半分ぐらいしか視野に入らなかったというマイナス面と、ステージの上方からという、普段ではありえない角度からの鑑賞というプラス面があってどっちにしても暫定的な感想になるのだが、新曲2つの振り付けはこれまでと比べるといくぶん洗練されて、「こりゃ無理だろう」と感じる動きが少なくなったように思った。

それでも、E-GirlsやFairiesのダンス・パフォーマンスを「下手」と評してきたこのブログでは、今回の4曲のダンスを「上手だった」と誉めることはどうしてもできない。また、メンバーたちのアイドル活動のあり方を鑑みるに、この点で根本的かつ大幅な改善が見込めるとは思えない(念のため書いておくと、『ライバル サバイバル』での『そうだ! We're ALIVE』の「通用しない」感と比べると、いまのメンバーたちはずっと良くなっているし、まだまだ伸びしろもあると思う。ただ、本格的なダンス・グループと競合する、ものすごくタフなジャンルに足を踏み入れてしまっている、ということで)。


ここで一曲でも、たとえば『笑ってYou』みたいな曲をやっていれば印象がずいぶん違ったはず。とか思いながらいまYouTubeで検索してみると、この曲の2013年春ツアー武道館でのライブ映像がない! しかし思わぬことに、2012秋ツアーでの譜久村聖ソロアングルがあった! (http://www.youtube.com/watch?v=JqKT97qC3k0) これは素晴らしいな。

話を戻すと、田中れいながいなくなったいま、道重さゆみ一人だったらこれに混じって「胸きゅーん」をやってもバレないかもしれないんだからやったらいいのになどと思いながらも、これを軸にしたメディア展開は無理っぽいということもやっぱりわかる。「EDM」と「フォーメーション・ダンス」というわかりやすいタームが大きく箇条書きになったPowerPointプレゼンテーションが目に浮かぶようだ。

この「大人の流れに巻き込まれていくメンバーたち」という観点から見るコンテンツになっていくのだろうか。


音響が悪いせいでよくわからなかった歌の面で、特に印象に残ったのは『わがまま 気のまま 愛のジョーク』の「愛されたい」ソロだった。このソロは曲中に3回あり、鞘師里保、譜久村聖、佐藤優樹の3人が順番に声を張り上げる。そのリハーサルのとき、明らかに音域が合っていない鞘師里保が苦しくなっているのに対して、2番目の譜久村聖の声がきれいに伸びきったところで、私の周囲ではどよめきに続いて拍手がちらほらと起こった。『愛の軍団』の「ワオ」とともに、以前のモーニング娘。にはなかったシチュエーションで興味深い。


道重さゆみに関しては、パフォーマンス中の姿はほとんど見えなかったけれども、トークのときにはずっと見えていたので満足。やっぱりコミュニケーターとしての能力が高いな、と思う。あと、この『わがまま 気のまま 愛のジョーク』の髪型はいい。


イベント開始15分ぐらい前。

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