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モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #3-1

5月4日に春ツアーの中野公演2日目を見に行ってきた。夜の部のみ。最後の記事から1ヶ月半も経っているが、このあいだツアーは地方を回っていたのだから、東京在住の私が見ていないのはきわめてノーマルなことなのである。

最初に見たときと同じく、今回のコンサートはあまり出来が良い方ではないな、という感想を持った。大半の人が遠くから見ることになる武道館での最終公演がどのようになるのか不安だ。それでも久しぶりに見ると視覚・聴覚にダイレクトに来る刺激が凄く、前回の教訓を活かしてそこそこ前の方の席で見たこともあって存分に楽しんだ。

● Juice=Juiceは、あれからデビュー曲のPVが公開された。こちらがそのダンス・ショット・バージョン: http://www.youtube.com/watch?v=Sb6keJJznGI。歌・ダンスともにライブでの再現性は高く、このPVを見て気に入った人はイベントなどを見に行っても満足できるだろう。

私としては、ハロプロにありがちな完全なゴミ曲でないことは評価できるものの、やっぱり陳腐な曲だし、なんでこういうダンスを踊っているのかわからないコレオグラフィーという感じで、どうもぴんと来ない。カジュアルな衣装のせいもあってハロプロ臭があまりしないのはプラスだが、口を開くとエッグ(研修生)っぽさ全開でしんどい。一般の場に出るまでにここのところを矯正しておかないとまずいことになりそう。

素材はいいと思うのだ。最近良かったライブ映像の1つが、昨年のスマイレージ秋ツアーに帯同したハロプロ研修生たちによる『かっちょ良い歌』(http://youtu.be/NPZqmAgB4Vc?t=3m15s 3:15あたりから)。一番右の宮本佳林と右から2人目の高木紗友希がこのJuice=Juiceに入っている。このパフォーマンスは昨年ライブで見たときに好印象を受けたし、スマイレージのこのライブDVD全編通してベストのパフォーマンスであるという哀しい状態になっているぐらいによく出来ていると思う。ここからJuice=Juiceの『私が言う前に抱きしめなきゃね』はグレードダウンだと感じる私は、ハロプロ研修生公演に通え、ということなのだろうか。そのフェーズに入る前にアイドル全般への興味が薄れてほんとによかった……


Juice=Juiceはこの2人以外の他のメンバーたちもなかなかよろしいのだが、私がちょうどアイドルに興味を持ちだした頃に「インディー・デビュー」したスマイレージのその後の展開のことを思うと、もうこういうのを追いかけるのはキツいかな。


● LoVendoRはカバー曲枠でザ・モップスの『たどりついたらいつも雨ふり』をやった。いまさらだけれども、LoVendoRってこのあたりの曲の懐メロ・バンドだったのだ。背後にいる大人たちの裏事情が透けて見えて気持ち悪い。加護亜依のジャズ・スタンダードと同じ、単なる下心あるおっさんの趣味の押しつけじゃないか。

などと思いもしたが、考えてみればハロプロ自体がそういうものなのであり、それを喜んで見ている私が文句を言う筋合いはないのだった。



● というわけで、みやさと奏を懐かしく思うこの頃である。アップフロントの思う壺だ。



● ようやくモーニング娘。本編について。冒頭の最近のシングル曲4連発はやっぱりキツい。ここに来てこの路線に方向転換したことはとても素晴らしいことだと思うし、前にもちょっと書いたが、『ワクテカ Take a chance』のダンス・ショット・バージョンのPVはモーニング娘。の最高傑作と言っていいぐらいに優れている、と思うのだけれども、4曲まとめて最初に持ってくるというやり方は「図に乗っている」と言うべきではなかろうか。

これは現象としては、「モーニング娘。のシングル曲はコンサート・ツアーではうまく行かない」という、前からある問題の再発に過ぎず、単に今回のように同じ路線のものをこうも続けて見せられると限度を超えていると感じる、ということなのかもしれないが、何か本質的な問題があるような気もする。考えてみる必要がある。

ただし前にも書いたように、ここの部分は各メンバーの動きを見ているとそれなりに楽しめる。皮肉なことだけれども、この中途半端な「本格路線」(!?)では、スタッフの才能の限界を超えている分だけ、メンバーの「アイドル性」への依存度がかえって高まっているのかもしれない。ちょっと言葉不足なので、別の機会にもうちょっと書いてみたい。要するに、4曲続けて見せられるほど、曲もコレオグラフィーも出来がよくないということなんだが。


テキストを分ける。
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モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #3-2

「モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #3-1」の続き。

● 今回、いちばん長い時間見ていたメンバーは小田さくらだった。この人は最初からダンスによる表現を身に着けた状態でツアーのステージに出てきた。いったいどういう事情でこんなことになったのか不思議だけれども、それを調べようとするほど本人に興味も持っていないのでいまだに謎のままである。ステージ上での表現に満足するあまり、このまま人となりとか知らずにパフォーマンスだけ見ていきたい、と思ってしまった。


● 『Rockの定義』はバックアップ・ダンサーが鞘師・佐藤の回だったので、前に見たときと被らなくてよかった。席が右寄りだったので佐藤優樹を中心に見ることになった。そもそも鞘師里保がどういうことをするかは最初から予想がつくし、ときどき目をやっても予想どおりのことをやっているのであまり面白くないわけである。

他方、佐藤優樹は相変わらず不思議だった。これに限らず、「このルーティンにはこういう定番のやり方があるんだろうし、ここでカチッと止めたらかっこいいんだろうけれども、私は適当にこのていど動いて済ませるわ」という感じの力の抜き方を、あのぼーっとした表情で平然とやってのける。それがなぜかさまになるので、見ている方は「ああ、ここはこういうのでもいいのか」と新たな発見をすることになる。非常に面白い。こういうのはアイドルというジャンルでこその現象で、他の環境だったらオーディションに落ちる。

『Rockの定義』自体は駄曲。このナンバーは2回見たわけだが、田中れいなの歌っている姿は合計で3秒も見ていない。


● 道重・譜久村による『哀愁ロマンティック』は、今ツアーでも回替わりでやっている『好きなだ君が』に続いて、妙な実験に付き合わされている、という感じ。2人はよく頑張っていると思うが。


● 生田・鈴木・佐藤・工藤による『なには友あれ!』も失敗作。もともとモーニング娘。のコンサートでは、このようなユニット曲がうまく行くことは稀である。昨年の秋ツアーが異常だった。


● 『Loveイノベーション』で、石田亜佑美の「きっと私、魔法使い」から生田衣梨奈の「だってこんなにあいつが好き」につながるところに説得力がある。このタイプの説得力は、モーニング娘。に限らずハロプロ全般においてきわめて稀で、こういうときに生田衣梨奈には何かスペシャルなものがあるのかも、と思ってしまうのだ。それ以外の時間では「あれは勘違いだったのかも」という疑念に苛まれるのだが。


● 譜久村聖は昨年の秋ツアーから意図的にトーン・ダウンしているのか? 身のこなしが「アイドルらしくない」という指摘なり反省なりがあったのか、と勘繰ってしまうほどに控えめになっていると感じる。


● 飯窪春菜が最後の挨拶で、今ツアーでは表情を作ることを新たな課題としているという趣旨の発言をしていたが、パフォーマンス中に何度も変な顔をしていたのがちょうど気になっていたところだったので思わず笑ってしまった。なんせ彼女のダンスと同じぐらいに変な顔だったもので。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #1

YouTubeの公式ビデオのチェックすら怠っていることがバレてしまうが、前の稿でJuice=Juiceの『私が言う前に抱きしめなきゃね』の映像を調べているときに、アップフロントがミュージック・ビデオに英語訳歌詞のサブタイトルを付けるようになったことを知った。日本語歌詞のテキストはたとえばこちら: http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND143681/index.html



英語を使うときには必ず1つは初歩的間違いを入れるように、という業務規定があるのではないかと勘繰りたくなるアップフロントにしてはクオリティが高い仕事だった。以下、この英語訳を見ての感想。突発的に長文になって、3部構成である。なお、これは論評を目的としての、著作権法上許されている歌詞の「引用」であることをあらかじめ強調しておく。


黒髪だからって 真面目な子とか

黒髪だからって 真面目な子とか


歌い出しのこの部分、「真面目な子」を"serious girl"としているのには違和感があった。実際、YouTubeでのユーザー・コメントを見ると誤解を生んでいるように見える。このように特に文脈なしに"a serious girl"と言われた場合に想像するのは、「日頃ずっと真面目くさった顔をしていて、ジョークも言わず、黙々と勉学・運動・課外活動などの目標に打ち込んでいる面白みのない優等生」である。反対概念は、あらゆることを気楽に捉えてジョークで返し("She doesn't take anything seriously!")、特に目標も立てずに日々お気楽に過ごしている女の子だ。

一方、この歌詞の「真面目な子」はもっと限定的に「男女関係に消極的な女の子」を指しており、反対概念は「尻軽」である。これがはっきりと性的なニュアンスを含んだ言葉であるということがわからないと、この次に来る歌詞だけでなく曲全体の意味が理解しにくくなりそうだ。

じゃあどんな言葉を使えばよいのだろうか? それが簡単に思いつくようなら作詞家になるべきなんであって、凡人としては違和感を指摘するので精一杯なのである。意味合いとしては"innocent"がとても近いが、この歌詞の語り手が主人公の女の子本人であることを思うと変である。意訳OKということなら、"naive"であれば、この女の子がいかにもいいそうなセリフになる("I'm not a naive girl!")。"shy"もいいが、この言葉は後で「大人しい」の訳語として使われている。

安心してたら 誰かに取られるぞ


安心してたら 誰かに取られるぞ

ここの"taken away from someone"の"from"は"by"の単純な間違い。

「安心」を"relieved"としたのは、上の"serious"と同じく、日英辞書を引いたときに最初に出てきた単語を深く考えずに使った、という感じで、「(何かが起こって心配事が解消されて)ほっとした」という意味だからこの文脈にはそぐわない。ここの「安心してたら」は「うかうかしていたら」とか、もっと具体的には「何も手を打たないでいたら」という意味で、たとえば"lazy"みたい言葉にするか、"Don't be so assured"のように切り口を変えるとかの方法が考えられる。が、歌詞としてとなるとやっぱり難しいな。


夢から来てくれない


夢から来てくれない

「時間は待っちゃない」、「夢から来てくれない」、「星空が今夜は眩しい」という並びでの「夢から来てくれない」。けっこうな時間を費やして考えたけれども意味がわからない。

日本語を外国語に訳す作業は、元の日本語の意味がわからないときが最もキツい。歌詞のような文学的表現なら仕方がないが、情報伝達が主目的のはずの文章にもわからない日本語はけっこう多いのだ。このケースでは訳者も原文の意味がわからなかったと思うが、同じレベルで意味不明な訳文をつけたのは正解である。支離滅裂なのは訳者の能力の限界のせいではない、とわかってもらえる信頼関係が読者との間に必要だが。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #2

抱きしめていいよ

抱きしめていいよ

そもそものタイトルにもある「抱きしめる」を"hug"と訳していいのだろうか、と悩んだのだが、たぶんこれでいいという結論になった。

ハグの習慣がない日本における「抱きしめる」という行為、特にこの歌の主人公の年代の少女にとっての「抱きしめる」は、ハグが日常的に行われる社会で使われていることの多い英語の"hug"とニュアンスも指示内容も違うはずである。たぶん日本語の「抱きしめていいよ」は英語の"You can hug me"よりも、主人公の女の子が期待/許容している「行為の範囲」が広い。

じゃあなぜこれでいいと思ったのかというと、インターネットで"hug"を含んだ言葉で検索していたら、http://wiki.answers.com/Q/How_do_you_tell_when_a_girl_wants_to_hug_you みたいな、「自然にうまくハグする方法」を解説するノウハウ記事が多数ヒットしたからだ。どの国の人も、とりわけこの歌詞の主人公のお年頃ならなおさら大変そうだ。このJuice=Juiceのメンバーたちが"Hug me"と歌うときの意味の重さは、ここの部分のダンスの力もあって、たぶん国境を越えて伝わるはずである。


私が言う前ならしていいのに


私が言う前ならしていいのに


タイトルの『私が言う前に抱きしめなきゃね』は"Hug me before I ask you to"と訳されており、ここの「私が言う前ならしていいのに」は"Why don't you do it before I say it"とされている。

「私が言う前ならしていいのに」はこれまたニュアンスのこもった言葉で、私にとってはこの歌の歌詞のハイライトだ。全体の流れとしては、男の子に積極的にアプローチしてもらいたい、自分もそこそこ積極的だけれども最後の最後は相手に踏み込んでもらいたいと思う女の子の気持ちを歌っているわけだけれども、「言う前なら」の「なら」によって、「私が言ってしまった後は、もうダメよ」という高飛車な態度への急変を予感をさせている。面白い趣向だ。

こういう文学的表現は無難な訳にしておくのが一番いい。


女の子の一つ 女の子の二つ


女の子の一つ 女の子の二つ

これも意味がわからない。英訳の"One thing about girls or two"を見て「なるほど、そういう意味だったのか!」と膝を叩いたのだが、それが正しいのか確信はない。これを見る前にこの部分をどう理解していたのかも思い出すことができない。「女の子の二つ」ってずばり「おっぱい」のことなのかな、などと思っていたかもしれないが、それなら「女の子の一つ」は何なのか、さすがにそこまで下品な歌詞にはしないよな、などと思ってそこで考えるのをやめたのかもしれない。あるいは「女の子の一人、二人ぐらいは…」という意味内容で「3P?」と思っていたのか。たぶん何も考えなかったのだろう。

本物の覚悟が今日も星となる


本物の覚悟が今日も星となる

このあたりで翻訳者の原作者に対する苛立ちがピークに達し、"Real resolutions will lead us forward today too"という投げやりな訳文ができあがったと思われる。英文を訳すと「本物の決意が今日も私たちを前進させる」で、主人公の女の子と相手の男の子が二人で一緒に「決意」したことによって「前に進む」、つまり性行為をする、ということなのだけれども、「今日も」を反映させるために"today too"を入れたことによって、これは初めてのセックスではなくなってしまった。

これでは毎週金曜日の夜に「覚悟して!」とか声を掛けながら抜け出して、二人して「決意」してセックスにこと及ぶことすでに5週目、みたいな間抜けな話になりかねない。でもこういうときに"Real resolution becomes a star again"みたいな直訳を平然と投げ出すのにはなかなか強い心が必要である。

Juice=Juice 『私が言う前に抱きしめなきゃね』の英語版歌詞 #3

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文化部だからって

ここの"Just because I'm in the culture club"を見て、Culture Clubのバンド名の意味についてこれまで考えたことがなかったことに気づいた。少し調べてみたが結局わからない。こんなページ http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_band_name_etymologiesを見ていたら、なんと"C"の項に"℃-ute"のエントリがあってびびった。

この歌詞の文脈で"the culture club"とあったら、これは「文化部」という名前のクラブ、つまり「文化についての研究・活動するクラブ」を指す。「文化部」という日本語の、「体育部」の反対概念としての「文化系クラブ」という指示内容とニュアンスからはたぶんズレが出てくる。

この歌詞のでは「文化部だから大人しい子という決めつけ」という文脈がちゃんとあるので、ここが"the culture club"であってもさほど問題は生じないだろう。意訳が許容されるならば、"book club"とでもすればグローバルに意味が通じやすくなる。世界のどこにも、「本の虫」"bookworm"はこの歌詞のとおり「大人しい」という固定観念があるだろうから。


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時代に蹴られるぞ

前にハロプロの歌詞における「世代」と「年代」の混同について書いたことがあった(http://michishigefan.blog130.fc2.com/blog-entry-94.html)が、ここでは翻訳者が「時代」と「世代」を混同している。

このケースで興味深いのは、英語バージョンの方が意味が取りやすいことだ。「時代に蹴られる」という日本語は、「時代遅れとみなされる」というていどのことをちょっとかっこつけて言ってみた、というものだろう。一方、"You'll get rejected by the generation"は、(文化部だから大人しい子と決めつけていたら、それは時代錯誤的な理解だから)「私たち若者世代からつまはじきにされるぞ」と言っている。こっちの方が変にかっこつけていない分気持ちいいし、意味内容としても具体的にわかりやすい。

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気づかない男子じゃきっと つとまらない

"Won't get to know me well with the boys who don't notice"という英語は文法的に理に叶っていない。"Boys who don't notice won't get to know me well"だったら、「気づかない男の子は、私とは親しくなれないでしょうね」というような意味になって、日本語となんとなく対応する。

「つとまる」という言葉を"get to know me well"にするべき積極的理由はあまりないが、いざそう訳されると「なるほど」と思ってしまったのも事実だ。自分に関しての"won't get to know me well"は、「そんな感受性の鈍い男の子とはおつきあいしないわ」ということを回りくどく言っているわけだけれども、その高飛車な意識が「つとまる」という日本語のニュアンスとなんとなく通じている感じがする。「あなたには私の相手はつとまらないわね」みたいな。

普通の直訳だったら、"Boys who don't notice couldn't handle me"とか"A boy who won't notice isn't a match for me"あたりになるだろうが、どちらも歌詞としてはつまらないな。

モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #4-1

5月21日、日本武道館で行われたモーニング娘。の春ツアーの最終公演/田中れいなの卒業コンサートを見に行ってきた。正直言って、このコンサートの感想は、少々楽しくなくても「田中れいな最高!」などと書いてお茶を濁そうと思っていたのだけれども、予想が良い方に裏切られて大いに楽しんできた。

私が見てきた大きい会場での卒業公演、2010年秋の亀井・ジュンジュン・リンリン2011年秋の高橋2012年春の新垣・光井の3つよりも断然印象が良かった。それだけでなく、今回の卒業コンサートは、それまでのホールでの通常公演よりも良いと感じられた。モーニング娘。はコンサート・ホール向けのグループであり、大きな会場には向かないという持論は、撤回とまでは行かなくても留保付きにしなくてはならなさそうだ。


なぜこんなことになったのか、その理由と思えることをいくつか挙げてみると:

● 遠かったせいで冒頭のシングル曲の粗が目立たなかった

スタンド席2階のそこそこ前の方の席で、観客全体のなかでちょうど真ん中ぐらいの距離だったと思う。これで中野サンプラザの2階最後列で見ているぐらいの感覚だから、ステージ上のメンバーの細かい動きなんてまったくわからないのだが、特に冒頭のシングル曲4曲ではこれがいい方に働いた。

『ワクテカ Take a chance』を除き、ステージ上の小さい矩形の中でぐるぐるとポジションが変化する、という、ホール向けどころかミュージック・ビデオ撮影のスタジオ向けと言うべきぐらいにスケーラビリティのないコレオグラフィーで、大会場にはまったく向かないと思っていたのだけれども、メンバーたちが小柄なこともあって、スタジアム級の会場でやってるダンス・グループのパフォーマンスを遠くから見ている、という感覚になり、全体的にぼやっとした印象になる。これはこれで悪くなかった。特筆して良いということにもならないけれども。

こういう状況で聴くと、『君さえ居れば何も要らない』はいい曲だと感じる。この曲はスタジオ録音の音源(たとえばhttp://www.youtube.com/watch?v=j4xYQ4iqTOY)よりもライブで聴いた方が面白い。


● セットリストの変更が改悪になっていなかった

卒業コンサートではセットリストに入る修正はあまり良い変更ではないのがつねだったが、今回は気にならなかった。大会場でやって見栄えは大丈夫かと不安に思っていたユニット曲がいくつか削られ、回替わりでやっていたシングル曲メドレーを2バージョンとも入れるということで、メンバーにかかる負担は大きくなったかもしれないけれども、結果として安心して見ていられる時間が長くなった。

うまく行っている感じがしなかった9・10・11期による『ピョコピョコ ウルトラ』を『笑って!YOU』に差し替えたのは好判断。唯一の不満は、今ツアーのハイライトの部類に入る『Loveイノベーション』が削られたこと。鞘師・小田による『大好きだから絶対に許さない』と田中・飯窪・石田による『私のでっかい花』のライブ映像が残らないのは残念だけど、大会場には向いていなかったかも。


● コレオグラフィーの調整がうまく行っていた

ステージの上に組まれるセットは、これまでホールで使ってきたものをそのまま流用していたようだが、そこから降りて横に広がったりするときのコレオグラフィーの調整がうまく行っていた。武道館という特別なステージを有効に活用した、という印象が最終的に残る結果となった。

これは若手メンバーたちの成長を感じさせる点でもあった。ステージの左右に張り出しているところに9期・10期のメンバーが間隔をあけて位置取りをして踊っていても、以前のような不安には襲われない。ちなみに11期の小田さくらは最初からこういうのができる人だった。

テキストを分ける。

モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #4-2

「モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL ~田中れいな卒業記念スペシャル~ #4-1」の続き。


● 卒業セレモニーが良かった

私はやはりモーニング娘。の卒業セレモニーは苦手なのだ。これはファンとしてはマイノリティかもしれないが、一般的な感性としてはノーマルだと思う。アイドルをリアリティ・ショウとして見るという立場から見ても、あれは息が詰まるもので、映像を早送りしながら見るのならいいかもしれないが、ライブでその場に居合わせるのは精神的にキツい。送り出す側のメンバーが涙して言葉に詰まったときに、会場から「がんばれー」という声がかかるというこの関係性の「中」に自分がいるというのは厳しいのだ。そう、アイドル・ファン失格なのである。

しかし、これまでの卒業セレモニーをいつも苦痛に感じていた私も、今回は田中れいなのパーソナリティーのおかげで楽しく見ることができた。本人がカラッとした卒業コンサートを希望していたおかげなのはもちろんだが、もともとメンバー間の関係性からして、後輩たちは田中れいなをダシにして自分をアピールするというようなことをやりにくかっただろう。

田中れいなの手紙の読み上げと、他メンバーとのやり取りは、彼女らしい、いいユーモアのセンスに満ちた気持ちの良いものだった。いやほんと、あの時間の中で「ああ、田中れいなってほんとにいいやつだったな」という感慨が湧き起こってきたのだから、私にとってはそうとう良かったのだろう。


● 田中れいなが良かった

上に書いたように、セレモニーや6期のトーク・セクションを含めた、ステージ上での存在の仕方はもちろん、パフォーマンスもよかった。この日は彼女を含めて声の調子があまりよくない人が何人か目立ったのだけれども、まあそういう問題ではすでにないわけで。

手紙の朗読の後に『キラキラ冬のシャイニーG』を、そして最後の最後に全員による『シャボン玉』を持ってきたのはセンスがいい。「感激のあまり泣いてしまってまともに歌えない」という状況を排した演出だったのはほんとに良かった。一般論としてもそうだが、特に田中れいなのそんな姿は見たくなかったし。

セレモニーでの衣装は、例によって背中に変なのがついていたものの、過去の悲惨な例と比べるとかなりマシ。メーキャップも(彼女なりの)普通でよかった。


● 道重さゆみが良かった

この日の主役である田中れいなを支える道重さゆみも非常によかった。この日は序盤からヘロヘロ顔になりかかっていたのだが(他メンバー数人も汗だらけになっていた)、途中から体力が復活したようで、たとえばメンバー5人による『トキメクトキメケ』なんて駄曲でもパフォーマンスは好調だった。いいコンディションのライブ映像が残ることを期待できる。

「リアリティ・ショウとして」見れば、モーニング娘。にそれほど詳しくない人でも、田中れいなと道重さゆみの関係性や、今後のモーニング娘。の抱えるであろう問題などがよく伝わって来る内容だったはずだ。熱心なファンにはわかりきったことではあっても、これは日頃モーニング娘。を追っていない人も見に来る公演なのだから、念を押しておくのは正しい。

というようなことを考えながらやっているであろうコミュニケーターがモーニング娘。のリーダーになっているのは非常に大きいことだと改めて思った。


以上、今回は大会場でやる特別な公演としては大当たりだった。ほんとこのグループは底知れぬものを持っている。
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Author:shigefan

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